5月21日(日)、東京文化会館にて。お髭氏雨男疑惑を振り払うような、良いお天気に恵まれた。でも、今回配れたパンフによると、三年前の東京公演では土砂降りで東京水浸しだったそうな。やっぱりお髭氏って雨(以下略)。まぁ、水も滴るイイ男といえなくもないのが救いか(本当か?)。
このリサイタルは「都民劇場」主催事業で、「都民劇場音楽サークル」の定期演奏会である。なので、「都民劇場」の会員の方がほとんどで一般売りは少なかったらしい。「会員」という特性上か、客層の平均年齢はかなり高め。
そして、これは印象だけれど、熱心なツィメルマンファンは少なかったんじゃないかと思う(熱心なファンは、ここよりずっと前に発売されたサントリー・浜離宮・みなとみらいをまず押さえているだろうし)。
ちょっと気になったのが、終演が深夜というわけでもないのに、アンコール(カーテンコール)の途中で帰る人の多さ。もちろん、よんどころない事情がある人はいるだろうし、感動しなかったという人もいるだろうからあまり言いたくないけれど、ちょっとアレは如何なものかと思うのですよ。演奏家やその演奏に対する敬意とか賞賛というのは、基本的には拍手で伝えるしか無いわけだし。盛岡ではほとんど皆さん、最後まで会場に残って拍手してたのになぁ。。。
気を取り直して。
<プログラム>
モーツァルト ピアノ・ソナタ第10番ハ長調 K.330
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番ハ短調 op.13 「悲愴」
休憩
ショパン バラード第4番へ短調op.52
ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ
バツェヴィチ ピアノ・ソナタ第2番
座席:最前列ちょっとだけ左側
10分遅れで開演。開演時間を5分過ぎたあたりから「もしかしてお髭氏、何かグズってるのかな?」なんて思ってしまったけれど(失礼…)、実は日比谷線が遅れてたために開演を遅らせていたということだった。
お髭氏、登場。歩き方が実に颯爽としている。
おお、これは大層ご機嫌が麗しそうだ。とてもにこやか。満員のお客さん、上の階の方なんかを見てなんか嬉しそうな笑顔を浮かべている。文化会館、5階まであるからねぇ。。。
モーツァルト ピアノ・ソナタ第10番ハ長調 K.330
座ってさっくり弾き始めるのは、盛岡公演同様。そういうスタイルなんだろう。
実際に演奏が始まって分かったけれど、この席(最前列やや左側)、予想に反して意外と良かった。もっと音が頭上を飛び越えていくかと危惧していたのだが、それほどでもなかった。確かに、ピアノの音は私の方(やや左側)ではなくて、ピアノの蓋が開いている方向(右側)に飛んでいっているなぁ、という感じではあったけれど、これは予想通り。それでも、非常に近くでピアノが鳴ってる感じだし、細かい音もよく聞こえるので、全然悪くなかった。しかも、角度が良くて手が見える。左手は時々見えないけれど、右手はバッチリ。顔は横顔ちょっと斜め後ろからって感じだけれど、表情もちょっとだけ分かって、弾きながらウンウンと頷いている様子なんかも見えて良い感じ。ペダルをガツンガツン踏んでる靴音までバッチリであった(時々、強烈な踏み方をしていたな…)。しかも、本当に目の前でお辞儀してくれたりするからなぁ。これは嬉しい。ははは。
で、モーツァルトである。
はっきりいって昇天モノの演奏で、まさに天上の調べのようなモーツァルトだった。幸せな時間。。。盛岡よりも少ーしだけ落ち着いた感じだったかな?(まぁ、これは聴き手=私のメンタルが落ち着いていたというとかも知れないのだが…)音色はいかにもツィメルマンらしく品良くキラキラとしてて、しかもすごく丁寧な印象。スタッカートなんかも本当に、大事に大事に弾いてるよなぁ、、、と感心してしまった。そして、やっぱり間の取り方、タメが素晴らしい。しかも、このタメが決して音楽の流れを阻害しないんだよなぁ。この音楽的なブレスの深さが、ツィメルマン特有の静寂のある音楽を作り出しているのだろう。
一楽章は軽やかに、明朗に。二楽章は夢の世界。三楽章は優しいだけではなく、きりっとドラマティックな部分もあって、特に左手の鳴らし方がすごく良かった。あー、なんか完璧なモーツァルトを聴いたような気がする。。。
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番ハ短調 op.13 「悲愴」
すご…。やっぱり冒頭の和音には圧倒される。緊迫感というか、切迫した雰囲気に呑みこまれるような気がする。なんか「この和音に命かけてます!」というくらいの、恐いくらいの気迫が伝わってくるのよ。この冒頭の表現というのは、彼が何十年となく考え続けた結果なんだろうなぁ。
この「悲愴」、ピーンと張り詰めた空気が漂ってて、聴き手に甚だしい緊張を強いる演奏なのだが(褒めてるのよ)、突然、夢幻的なまでの美しさが立ち現れたりするのが、何ともツィメルマンらしい。
それにしても、煌びやかなスタンウェイがよく鳴ること、鳴ること(席が近いからそう思うのかもしれないけれど)。フォルテ全開だなぁ。多分、文化会館は会場がデカイので、あえて強めに鳴らしてるのかな、なんて思ったのだが。
最終楽章、バッと弾き終わったツィメルマンの姿は、すごく印象的だった。文字通り、全身全霊をかけて演奏をする音楽家の姿がそこにあった。
休憩
ショパン バラード第4番へ短調op.52
休憩をはさんでショパン。さて、このバラードは、私としてはちょっと微妙だったかな。もちろん、クオリティは非常に高いし、美しくもパワフルな演奏なんだけれど、ちょっとらしくないかなぁというところがあったような。結構ミスがあって、もちろんライヴである以上ミスがあるのは当たり前だし(仮にも一応人間だし)、それ自体は別にどうということも無いんだけど、全体的に若干上手く噛み合ってなかったような気がしてしまった。ちょっと疲労がたまってるのかな?弾き終わってお辞儀するお髭氏も笑顔が無くて、何となく浮かない顔をしていたように見えたのは、気のせいだろうか(一曲弾き終わって疲れてただけ???)
この時、「あ、これは今日はアンコール無いかもな」と思ってしまった。
ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ
ショパンではちょっとドキドキしてしまったのだが、ラヴェルでは持ち直したという感じ。オープニングがとにかく大胆で面白いし、全体的には表情豊かで、特にピアニシモの表現は本当に細やかである。終楽章は水面に雫が落ちるかのような趣で、透徹した響きであった。
別にラヴェルに限らないけれど、音色の変化が本当に微細、繊細で、一つとして同じ音が存在しないという感じ。この人のピアノは、ピアニシモだけでも一体どれだけの幅があるんだろう。まさに、グラデーションのように変幻自在な音色である。
あと、音が消えて行く過程が極めて美しい。とんでもなく神経を遣ってるよなぁ。。。それに関連するけれど、やっぱりペダリングが素晴らしくて、決して濁らせず、個々の音を本当に美しく響かせている。おそらく、要所要所でペダルをきっちり離してるからなんだろうな。よくよく聴くと、この人の演奏というのは、無音の瞬間というのがものすごく多いような気がする。
バツェヴィチ ピアノ・ソナタ第2番
基本的には盛岡公演の感想と同じなんだけど。
いろいろなブログ等で感想を読んでると、どこの会場でもこのバツェヴィチのソナタは評価が高いようである。今日の演奏も、さもありなんと思わせる気迫のこもった熱演だった。
お髭氏、すごく生き生きしてて、文字通り縦横無尽に弾いている。バリバリ・ガツガツという感じで、なんとも押し出しが良い。いいぞいいぞ。フォルテの鳴りも超ご機嫌だし、三楽章のポーランドの民族音楽を思わせる特有のリズムも、さすが歯切れが良くて完璧である。「端正で緻密」という先入観を持っている人はびっくりするであろう、「剛腕」お髭氏の面目躍如たる名演であった。
さて、アンコール。
お髭氏、数回呼び出される。何回目かで、小さな女の子が花束を持ってったのに気付かず、袖に引っ込んでしまった。女の子が2回目にトライした時もそのまま袖に入っちゃいそうだったのだけれど、客席が「あーっ」っていう感じにどよめいたのでさすがに気付き、両手を挙げてビックリポーズを取った後、優しい笑顔で花束を受け取っていた。ちょっと微笑ましい光景だった。お髭氏の「!」な顔も面白かったし。
さて、「あー、やっぱりアンコールは無いかなぁ」と諦めかけたのだけれど、女の子の花束の後、やっとピアノの前に座ってくれた。実はガーシュインをもう一回聴きたいなぁと思っていたのだけれど、聞こえてきたのはショパンのマズルカだった。
アンコール:ショパン マズルカ Op.24-4
高貴なマズルカだった。予想通り。音楽的に不自然さの無い、透明感溢れる美しいマズルカ。
マズルカというのは、楽譜どおりに弾いても多分マズルカらしくはならないんだろうけれど、そういう意味でもお手本のようなマズルカなんだろうなぁ。
アンコールはこれ一曲のみだった。まぁ、一曲というのは妥当かなー。
なお、「妥当」というのは、お髭氏は自分の演奏が気に入らない場合はどんなに客席が盛り上がってもアンコールはしないし、逆にお客の反応がそんなに良くなくても自分がよくできたと思えばアンコールはする、ということらしいので。要するにあくまでも「自分」が基準なんだね。まぁこれは結構前に言ってたことだし、今回の日本ツアーでは結構アンコールをやってるみたいなので、最近は人間が丸くなったのかもしれないけれど(?)。どうでもいいけど、丸くなったついでに、CD録音・発売に関してももうちょっと寛容にOKを出して欲しいな…。
とにかく、とんでもなく幸せなコンサートであったことよ。ショパンのバラード第4番に文句を言ってるようだけれど、私の場合、あの空前絶後の超完璧な録音(1987年のバラード集)を浴びるほど聴いてるので、ある程度辛口になってる自覚はある。自分でも分かってるんですよ、バラード第4番に関しては耳が厳しくなってるというか、アレがスタンダードになっちゃってるってのは。。。
なお、終演後、(個人的に?)とてつもなく嬉しい出来事もあったりして、一夜明けても興奮覚めやらず。プログラムを眺めながらボーっとしてます。ああもう、お髭氏、本当にありがとう。。。感涙の一日でした。
さて、次はショパンプロ。予習しないとね。
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