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2006年6月

2006年6月30日 (金)

ツィメルマン・リサイタル NHK放映日

NHKのHPより。

2006年 8月12日 (土) 0:30~
クリスティアン・ツィマーマン ピアノ・リサイタル

1. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330 ( モーツァルト作曲 )
2. ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13 「悲愴」 ( ベートーベン作曲 )
3. 高雅で感傷的なワルツ ( ラヴェル作曲 )
4. 3つの前奏曲 ( ガーシュウィン作曲 )

ピアノ : クリスティアン・ツィマーマン

[ 収録: 2006年5月20日/6月2日, サントリーホール ]


心がちぢに乱れております。
どうやって見るか、とか、どうやって保存するかというのももちろん悩みのタネではありますが、それよりも何よりも、ちょっとなんなのさ、この選曲は…。
これ、一時間枠なんだろうかなぁ。それにしたって、後半のメイン曲すっ飛ばしてどーすんのよ…。
それと地上波放映は無いんでしょーか。

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2006年6月29日 (木)

先月見た映画

ここのところ、映画のことを全然書いてないけれど、全く見ていなかったわけではない。相変わらず1日2本とかいう、ありがたみの無い見方をしたりして、5月はプロデューサーズ、V フォー・ヴェンデッタ、ダ・ヴィンチ・コードの3本。以下、もうほとんど忘れてるけれど、簡単に感想メモ。

プロデューサーズ
昔っぽい雰囲気をよく出した映像。ノリはかなりおバカだけれど、見てる間は間違いなく楽しめた。ショービズ界のどぎつさを上手く笑いでくるんで見せてくれたな、という感じ。そういう意味では結構ブラックな気もするのだけれど。
ウマ・サーマンは好きな女優なんだけど、意外とコメディエンヌもいけることが分かったのは収穫であった。それにしても、デカくてきれいだ。

V フォー・ヴェンデッタ
ウォシャウスキー兄弟だと思って見ると微妙にパンチが足りない気がするけれど、普通のアクション映画だと思ってみるとすごく普通じゃない感じ。B級っぽいようなそうでもないような。
ヒューゴさんの台詞回しは絶品。顔を隠して、あそこまで長ゼリを聞かせることができる人というのもそうそういないのではないか。

ダ・ヴィンチ・コード
特に出来が良い映画だとは思わないけれど、私は楽しかった。ロン・ハワードは頑張ったとは思う。ただ、あの長さの原作を映画化するのだから駆け足になるのはいたし方の無いこととはいえ、原作を読んでないと、ストーリーを追いかけるのが相当厳しいと思う。いろいろなグループが出てくるし、それぞれがどう関係しているのかが非常に分かり難い。あと、あまりにも謎がスルスル解けていくのがなぁ。最後の謎までひたすら一直線!という感じがなんとも情緒が無い。
ただ、建築の内部とか、映像で見ると「なるほど!」という部分も多いので、原作を読んでから行くのが良いのではないかと思う。
キャストに関しては、ポール・ベタニーとイアン・マッケランは良かった。ジャン・レノはちょっと勿体無い使われ方だなぁ。トム・ハンクスは時間の経過とともに見慣れてはきたのだが、、、正直、微妙。

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2006年6月27日 (火)

This is London

0789310627This Is London
Miroslav Sasek
Universe Pub 2004-04-07

by G-Tools

総語数1300、YL1.8

大判のロンドンガイド絵本である。初版は1959年だから古いといえば古い。
長らく絶版になっていたのがしばらく前に復刻され、結構色々な方からお勧めをされていた。このたび、特にこれといった理由も無いのだけれど購入に踏み切ったのは、あえていえば、気分的に長い英文を読みたくなくなったということもある。リハビリ、リハビリ…。

全部で60頁、パラパラ眺める×3くらいの細切れ読書で読了。絵本って、本っ当にストレスが無くて良いわぁ。。。

皆様がお勧めするのも至極当然な、大変素敵な絵本であった。やられた、という感じ。
どことなくセピアでノスタルジックな雰囲気があって(わざとそういう紙を選んで風合いを出しているんだろうけれど)、それでいてとてもお洒落。センスが良い。
リアルなイラストというのとは違うけれど、対象の特徴はがっつり掴んでる。夜のピカデリー・サーカスとか最高。

去年ロンドンに行ってきたので、「そうそう、これこれ!」という感じで、楽しいことこの上なし。といっても、バッキンバム宮殿とかロンドン塔とか、超有名観光名所は行ってないんだけど。次回はRoyal Albert Hallとか行ってみたいなぁ。

それにしても、ロンドンという街は、この本が出た40年前と現在とで、細部はともかく、大まかな街の印象はそんなに変わってないんだなぁ、と思った。ヨーロッパの古い街というのは、どこもそういうものなのかもしれないけれど。

次は「This Is Paris」でも買おうかしらん。

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音楽の友 2003年7月号

ちょっと長くファンをやってる方ならお持ちの方も多いと思われる、音楽の友の2003年7月号。お髭氏が前回、来日した際の特集号である。

ネットで「インタビューが大層面白かった」という情報を得たのでいずれちゃんと探そうと思っていたのだが、先日、実家の近くのブックオフに行ってみたら実にあっさり発見。ここは音友のバックナンバーが豊富にあることは分かってたのだが、ここまで労なくして見つかって良いのだろうか(もしかしてちょっとマゾッ気入ってる?でもさ、お髭氏の絶版CD探すのなんか、えらい大変なんですよ…)。

さて、これを棚から引っ張り出した瞬間、顔がどばっと緩んだね。古本屋で音友をまじまじと眺めてにやける女。しかもにやける対象はユンディやマキシムなどではなく、ほとんど白髪の(以下略)。

Ontomo200307

内容は以下の通り。
公演レポート(カラー)
来日記者会見の様子(カラー)
講演会「ツィメルマン、「ピアノ」を語る」(「スタインウェイ・デー」記念講演から)の要約(カラー)
インタビュー(カラー+モノクロ)
コンサートレビュー(モノクロ)
アリシア・デ・ラローチャの引退コンサートで花束を贈るツィメルマン(モノクロ写真)。

なんか盛りだくさん過ぎて眩暈が…。

中でもインタビューが抜群に面白かった。

続きを読む "音楽の友 2003年7月号"

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2006年6月25日 (日)

TOEIC

久しぶりのTOEIC。2006年5月に試験の内容が変更になってから、初めての受験である。

今回思いっきりやる気が無くて、本当にビタ一文勉強してなくって、こんなに人生投げてて良いのか私はって感じだったんだけど、ブツブツと集中力の糸を切りつつも、何とか最後まで真面目にやってきましたよ。

リスニングは難化したのかなぁ。米語以外(英語、AU英語等)の発音が導入されたのを難化というのであれば、確かに難化ではあるのだけれど。
ここのところ英語耳が開店休業中なので、内容自体が難しくなったのか、よく分からなかった。。。

リーディングについては、個人的には大嫌いだった誤文訂正問題が無くなったのは良かった。あれが無いってだけで、ストレスが半減である。短文穴埋め問題+長文穴埋め問題+長文読解問題という構成になって、シンプルになったというべきか。
長文読解問題はこれまで一つの文章について設問が3~4というパターンだったけれど、今回は長文2つについて設問が4~5というのが新登場。後ろに行くにしたがって、ボリュームが重くなる感じね。。。

今回、珍しく時間が余った(=比較的スムーズに解答できた)けれど、これがどう点数に反映するかは不明。単に問題が易しかっただけかもしれないし、そうしたら補正が入るだろうから結果的に点数は厳しく出るかもしれない。

スコアが着いたら(戒めの意味も込めて)公表しますので、楽しみにしてて下さい(ヤケ)。音沙汰が無かったら、「ああ、よほど駄目だったんだな…」と同情しつつ、そっとしておいて頂けると助かります。

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2006年6月22日 (木)

Krystian Zimerman, A Pianist Who Abhors Compromise

結構面白かったので、一応訳してみました。乱暴な素人訳&結構意訳につき、危なっかしいところがある点、ご了承ください。ただし、間違いは教えて下さい(自分で発見した場合は随時直します)。

こういうの読むと、やっぱり、お髭氏って結構難しい人だな、と思う。

元記事

続きを読む "Krystian Zimerman, A Pianist Who Abhors Compromise"

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2006年6月20日 (火)

ちょっと前のインタビュー記事

ネット上で、お髭氏のインタビュー記事(英語)を発見。こちら。来日時の記者会見はともかく、ネットのインタビューって珍しいような気がするけれど、私が探せてないだけ?2004年だからちょっと前だけれど、内容は充実してるし、東大の討論会の内容と被る部分があって、「ああ、そういえばこんなこと言ってたな…」と思わぬところで補完ができてラッキー。っていうか、東大の内容というのは、普段彼が喋ってることとあまり変わりが無かったような気もするんだけど。
気が向いたら&暇があったら、記事の日本語訳上げます(とか言っちゃって大丈夫なのか…)。気が向かなかったらごめんなさい。と、先に謝っておく。

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音楽の友 7月号

「追跡レポート 3年ぶりに来日したクリスティアン・ツィメルマン リサイタル、公開講座、記者会見から」

カラー2頁。サントリーでの写真と、記者会見とマスタークラス関連の写真、記事。コンサートレビューは後ろの方のページに20日のレビューがちょこっと。講演の詳細は次号らしい。

公開講座に行って、ネット上の記者会見をチェックしてれば、あまり目新しい情報は無い。インタビューくらいあるかな、と思ったんだけど。
インタビューは「月刊ショパン」にでも期待しまする。。。

ちなみに、特集の「読者投票によるランキング クラシック音楽ベスト・テン」の中の「あなたの好きな鍵盤楽器奏者は?」ではお髭氏は10位。ふむ。
ちなみに1位はアルゲリッチ、2位はポリーニ。物故者は割愛して、キーシン、ブーニン、アシュケナージ、内田光子ときて、ツィメルマン、ブレンデル、小山実稚恵と続く。
勝手に「お髭氏は世界一のピアニスト」と思ってる私としては、まぁ何というか、ごにょごにょ。いや、別に良いんだけど、全然。ああいう仕事の仕方であれば、これくらいのランキングが妥当かなぁという気はするし。確かにピアノを集中的に聴く人でもなければ、お髭氏のことは知らないよなぁ、とも思う。
でもやっぱりちょっと納得いかないというか、実力の割には知名度低過ぎというか、いやでもあまり有名過ぎるのもアレかな、とかぐるぐるぐるぐる。

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Music and Science クリスティアン・ツィメルマン in 東京大学 #2

第二部 討論会“Music and Science”
音楽と科学におけるインスピレーション
音楽と科学における絶対的な真理とその探求
美の探究へのストラテジー(戦略)
専門家になるべきか、広範な興味を持つべきか?
演奏家あるいは科学者の個人的な興味と聴衆あるいは社会のデマンド(要求)の差とその解決について ほか

レポというか、薄味断片メモですが、苦情は受け付けませんのであしからずご了承ください(でも間違いがあったらそっと教えて下さい…)。

事前打ち合わせは無しだったらしい。ホスト役の宮崎徹教授、「ツィメルマンが打ち合わせをさせてくれなかった。忙しいと思ってたらオペラとか行ってるし」とジョーク交じりにこぼしてたけれど、ボローニャか?

しっかし、お髭氏、よく喋るお人だ。

いえね、何となくそうかな、とは思ってたんだけど。記者会見でも饒舌だし、雑誌のインタビューなんかでも非常に丁寧に質問に答えているようだし。むしろ喋りすぎて、後で編集者が記事をまとめるのに苦慮するタイプではなかろうかと思ってたわけですよ(勝手な想像ですが)。
ショパンの弾き振りの時のインタビューでも「この話題については朝まで喋れますよ」なんて言ってるから、あ、この人はピアノだけではなくて言葉でも伝えたい、表現したいことが一杯ある人なんだな、と思ったのである。講演とか講座なんかでも時間を押してまで喋ってるみたいだし、少なくとも、ピアノだけ弾いて、あとは聴き手の側で判断して下さい、というタイプではないのだな、と。

しかし、それにしても。
宮崎教授が最初に「自由な会話の流れを阻害してしまうので通訳は入れませんが、お互い英語ネイティブじゃないので語彙も少ないし、大丈夫でしょう」なんて言ってたけれど、その前フリが空しく響くお髭氏のマシンガンぶりであった。全然、大丈夫じゃないから。
ちなみにお髭氏のPower Bookは拝めなかった。残念。

個人的には「喋りまくるツィメルマン」を見るだけでもかなり楽しかったんだけど、当初の目論見=詳細な討論会レポ作成という野望は見事に打ち砕かれたのであった。だってレジュメすら無くって、英語でメモを取ろうとすると、今度は耳が留守になるし。

しかし、噛み合ってるのか噛み合ってないのか、微妙な討論会だった。文系と理系の大いなる溝が…というとちょっと乱暴な言い方になるけれど。お髭氏が、「現在は、科学というのは高度に細分化、専門化され過ぎてて、もはやDa Vinciは存在し得ない」というようなことを言ってたけれど、それはまさにその通りで、全く分野の異なる専門家同士が建設的な話をするというのは至難の業であることを改めて感じた。歩み寄ろうにも歩み寄れないというか、お互い、自分の分野の話に終始するしかなくなるというか。それに、おそらく宮崎教授は音楽好きではあっても、ご自分では楽器はやらないんじゃないでしょうかね(もしやってれば、「演奏者の立場に立つ」ことができるだろうから、もう少し違った感じになったような気がするのだけれど)。

宮崎教授は、ツィメルマンの演奏に強烈な説得力=「絶対的なるモノ」を感じるそうだ。それには私も異論はない(あくまでも私個人は、だけど)。でも、「楽曲の絶対的な解釈はあるんですか?」なんて質問には、お髭氏も困ると思う。そんなの、「No」って言うしかないじゃないか。もちろん、彼は曲のイメージやコンセプトというのはかなり緻密に構築する人だろうし、その時々で限りなく「完璧」に近い、「最高」の演奏を目指しているだろうけれど、仮に「絶対的な解釈」なるものが存在するんだったら、もっとバンバンCD出してるでしょー。弾こうと思えば、どんなもんだって弾ける技術を持ってるんだから、もし「絶対的な解釈」の明確なヴィジョンさえ描ければ、それを演奏するのは容易いはずだし、「決定版」=CDとして残しているだろうと思うのですよ。
彼がCD発売を渋るのは、その時々で「こういう風に弾きたい」という理想形が仮に存在したにしても、その理想的と思われる解釈に、未来永劫、妥当性があるわけではないと感じているからなんだと思うのだけれど。そもそもお髭氏に関しては、ある曲に関して、悩ましい箇所が全く無いということがあるのかどうかすら疑わしいし。

とまぁ、最初からちょっとなーと思ってしまったけれど。

個人的にはお髭氏の「コンサートというのは聴いてるお客さんに"I love you"というようなものなのです」という話が印象的だった。
要するに、コンサートというのは聴衆とのコミュニケーションの場であるということ。例えば、好きな人に「I love you」と言う時には、紙に書いた「I love you」を棒読みするようなことはしないわけで(要するにこれが、単に楽譜通りに弾く、ということなんでしょう)、相手の顔色を見て、その心中をおもんばかりながら、気持ちをこめて口にするだろうと。だから、今日のお客さんはどんなかな~とか、いろいろ考えて演奏する、とまぁそんな趣旨だったかと思う(この辺、自信無し)。
そういう意味では、(対象、手段が何であれ)お髭氏ってコミュニケーションに重きを置く人だと思うので、よく言われる「孤高」という言葉は似つかわしくないんじゃないかなぁ、なんて思ってみたりもする。

ちなみに、「演奏する際には、元々こんな風に弾こうというイメージがあるのか、もしくは演奏中に自然に湧き出てくるものがあるのか」という質問に対しては「Both」と答えていた。お髭氏ってあらかじめ曲のイメージをがっちり構築して演奏にのぞむという印象が強かったんだけど、必ずしもそうでもないらしい。
まぁ今回のツアーで実演に複数回触れてみて、その時々で演奏の印象が結構違ってたので、金太郎飴の如く同じ演奏を完璧にこなすという訳ではないのだな、と思ったのだけれど。

どこまでやったらその曲を完成とみなすのか、という質問に対しては、やっぱり「10年かけるよ」って話になってたんだけど、しきりに「曲を理解(understand)するのではない」といっていた。単に「play the notes」ではない、とも。「何故、作曲家がそういう風に作曲したのか」というreasonを演奏すると言っていたような気がする。

最後は、質問者から科学と芸術との優劣論(「科学の方が勝ってる」)みたいな話が出て、ちょっと馬鹿馬鹿しかった。宮崎教授は「お互いinfluenceし合うんですよ」なんて、一生懸命フォローに走ってたけれど。「例えば、建築というのはScienceとArtの融合だよね」と穏やかにコメントしたお髭氏は、オトナですな…。

そんなわけで、討論の道筋がよく見えないまま終了。

まぁちょっと不満もあるけれど、こういう企画自体は普通のコンサートと趣が違ってとても良いと思う。次回は是非、音楽美学の先生でも呼んでやって頂きたいような。

ついでに蛇足だけど、前半の演奏会のレビューでバラードをすっ飛ばしてる(そんなに書くことが無い、悪いわけではないけれどえらく感動したというわけでもない)理由について。あれって多分、サロン的な空間=至近距離で聴く曲じゃなくて、やっぱり大ホールで聴くのに相応しい曲なんじゃないかな。安田講堂の響かない空間+前から○列目で聴くにはちょっと曲のスケールが大き過ぎるのかな、とか、そんなことを思った。

なお、これにて2006年のお髭氏祭りは(一応)終了。次の来日はいつになるのかな(もうスイスに帰ったのかなぁ)。とりあえず、クレーメルとの共演企画というのをじっと待つことにします。

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2006年6月17日 (土)

Music and Science クリスティアン・ツィメルマン in 東京大学 #1

東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター 分子病態医科学部門 発足記念行事
Music and Science
ピアニスト Krystian Zimerman氏を迎えての演奏会と討論会

平成18年6月16日(金)
午後6時~
東京大学安田講堂にて

第一部 Zimerman氏によるピアノコンサート
曲目 Mozart Piano Sonata C-dur K.330
Chopin Ballade No.4 f-mol op.52 ほか

第二部 討論会“Music and Science”
音楽と科学におけるインスピレーション
音楽と科学における絶対的な真理とその探求
美の探究へのストラテジー(戦略)
専門家になるべきか、広範な興味を持つべきか?
演奏家あるいは科学者の個人的な興味と聴衆あるいは社会のデマンド(要求)の差とその解決について ほか


お髭氏祭りのしめとして、安田講堂に行ってきた。到着したのは開場30分くらい前だったけれど、すでに長い行列ができててぎょぎょぎょって感じだった。
自由席なのでどこに座るかちょっと悩んだのだが、討論会もあるから前の方が良いよなぁと思って、やや右よりの前方の席をチョイス。それにしても、招待席が多かったなー。

お髭氏、薄いグレーのスーツ姿でご機嫌良く登場。やっぱり、燕尾服とは雰囲気が違う。スーツだとピアニストっぽくないのだが、さりとて堅気のビジネスマンにも見えない。あえて言えば、やっぱり学者っぽいような気がする。

モーツァルトのソナタはとても伸びやかな感じで、本当にたっぷりとした歌い方だった。うっとり、うっとり。思わず顔がにやける(いやもう、お髭氏が登場してから、ずーっとにやけっぱなしではあるのだけれど)。音色の綺麗さとかそういうこととは別次元で、「やっぱりお髭氏って歌う人だ!(←実際に鼻歌を歌ってるとかそういう話ではなく)」と改めて思った。優しくて、甘くて、快活な、すんばらしいモーツァルトでした。
今日はバラードよりもモーツァルトの方が楽しめたな。

バラードの後、拍手が鳴り止まず、お髭氏も何度か呼び出されて、何度目かには脇の扉(そこから出入りしてた)からヒョイっと顔を出したりして、茶目っ気たっぷり。
いよいよアンコールやるよ、ということになっても、弾く前に「Very different」と言ったりして(「今までの曲とはちょっと違うよ~」ということでしょう)、やっぱりいつものコンサートと雰囲気が違う。さらに、弾き始めてからからおもむろにこちらを向いて、弾きながら「It's Gershwin」と言ってみたり。それにしても、お髭氏のガーシュイン(プレリュード第三曲)、えらくカッコいいなぁ。ズバズバと切り込んでいく感じで、本当、ノリノリでしたわ。あー、これもう1回聴きたい…。

さらにもう1曲アンコール。アンコール2曲は想定外だったのか、お髭氏、ピアノの前に座って中空をじっと見つめている。まるで「さーて、何を弾こうかな~」と考えてるような。結局「最後はショパンのマズルカを弾きます」とかいって、マズルカ24-4を弾き始めた。
この曲、哀切な雰囲気に満ちてて、好きだなぁ。聴きながら、こういうのは若人が弾いてもダメかも、やっぱりある程度、年齢、経験を重ねた大人の演奏が良いなぁ、などと思ったりした。本当に綺麗な世界なんだけれど、なんともいえない物悲しさがあって、これは人生経験がモノを言うよね、という感じ。
ツィメルマンという人は、非常に聡明で思慮の深い大人でありながら、ある面では青年らしさ(真っ直ぐさ、とでも言いましょうか。それはある種の融通の利かなさだったりするわけだけれど)を多分に持ち合わせた人だと思うのだけれど、そういう良さが滲みでている演奏だったように思う。
お髭氏の日本最後のマズルカ、本当にしみじみとした気分で聴かせていただきました。

さて、続いて討論会だけど、まともなレポは期待しないで下さい。リスニングが撃沈気味だったので。
それでも、#2に続く。

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2006年6月15日 (木)

Ticket Classic 6月号

随分遅い情報ですみませんが、一応記録ということで(本来、私は紙媒体を追いかけるのが億劫なので、この手の情報を網羅的にブログにアップするというのはしない、というかできないんだけど)。

Ticket Classic。巷のCD店なんかにいくと置いてある、チケット情報誌(フリー)である。これの6月号にお髭氏のことがちょこちょこと載っていた(もう7月号になっちゃったかな…)。

お店で見かけて、今月のお勧めコンサートみたいなページ(「今月のセレクション」のコーナー)に「お髭氏の所沢公演のCMが載ってる…」と思って、パラパラと立ち読み。短い記事だけどエピソード(とあるコンサートで休憩時間にピアノの調整を始めちゃったとか)もそれなりに書いてあって割と面白かったんだけど、読み終わって元の場所に戻したわけです。今から思えば、フリーだというのに何でお持ち帰りしなかったのか、とても不思議なんだけど。あまり目新しいネタが無いからまぁいいやと思ったのか、写真が好みじゃなかったのか。本当にファンなのか、私は…。

だけど、かねこさんのブログを拝見したら、全然別のページにGW中の公開講座の記事が載ってたとのこと。嘘ぉ。全くもって、アンテナ錆び錆びであった。

そんなわけで、慌てて某リアルCD屋さんに出かけて無事ゲット。ちなみに、これ、基本的にフリーだけど月刊ショパンの付録にもなってるのね。もしかして6月号だけかな?

公開講座の記事は、「ピアニストのツィメルマンが公開講座」というタイトルで1頁。コンパクトだけど良い記事であった。お髭氏、背広着てたのね。。。いや別にどうということはないんですが、私はジャケットノータイが良いなぁと(すみません、個人的な好みです)。明日の東大はどうなんでしょう。噂のPower Book持参かどうかも気になるところ。

なんか笑えたのが、お髭氏の「私は繰り返しがないと生きていけません」というセリフ。「生きていけません」って何…。まぁお髭氏だったら、永遠にリピートして下さって結構なんですが。
リピートといえば、彼の場合は1回目と2回目できっちり表現を変えてくる。そういうところも凄いなぁと感心するところ。

「休符に形を与える」というセリフもなるほど、である。休符、間(ま)があるからこそ、真の意味で、音が生きてくるということがあると思う。彼の間は、時として、とてつもない緊張感をもって聴き手を引き付けるような気がしてならない。時々、本当に限界まで引っ張りますけどね。あれ、耐えられない人もいるんだろうなぁ。

さて、今週末には「音楽の友」が出る。チェックチェック。

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2006年6月13日 (火)

のだめカンタービレ15巻

406340594Xのだめカンタービレ #15 (15)
二ノ宮 知子
講談社 2006-06-13

by G-Tools
4063582256のだめカンタービレ(15) 限定版
二ノ宮 知子
講談社 2006-06-09

by G-Tools

どなたかマングースをゲットされた方はいらっしゃいますか。

さて、のだめリサイタルの巻である。っていうか、モーツァルト特集?
言われてみれば、世の中は猫も杓子もモーツァルトであったなぁ。

なんたって、あのお髭氏までモーツァルトだしさ…。そういや、3つもプログラムがあるというのに、モーツァルトとラヴェルは全プロで弾いてるんだよな。。。そんなに好きですか、アレ。

のだめの調子がますます上がってきたような。のだめのラヴェルって聴いてみたいなぁ。あ、リストのドコーン!も。

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2006年6月12日 (月)

クリスチャン・ツィメルマン ピアノリサイタル 2006年公演 in 所沢市民文化センターミューズ アークホール

6月11日(日)、所沢市民文化センターミューズ アークホールにて。泣いても笑っても、お髭氏の2006年日本ツアーファイナルである。
それにしても、今回のツアーのお髭氏は、ピアノだけじゃなくて雨雲を連れて日本行脚していたような印象がある。彼の日本の印象は「雨ばっかり」だったりして…。
私はこの日の朝、ぱかっと目が覚めて「あ、雨がばさばさ降ってる…。湿度が…。ピアノが…。お髭氏のご機嫌は大丈夫か…」などと、朦朧とした頭でぐるぐるしてしまったですよ。私は凶悪な低血圧なので、目が覚めた瞬間にこれだけいろいろなことが意識に浮上してくるというのは珍しいんだけど。

<プログラム>
 モーツァルト ピアノ・ソナタ第10番ハ長調 K.330
 ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ
 ショパン バラード第4番へ短調op.52
 休憩
 ショパン 4つのマズルカop.24
 ショパン ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調op.35

開場時間5分後くらいににミューズに着いたけれど、ものすごい人の列。あ、これは開場して間も無いのかも、リハがちょっと押したのかなぁなんて思いながらロビーに入ると、ホール内の案内がまだ始まっていない。「I have a bad feeling about this」(マスター・オビ=ワン風)である。「もしかして、お髭氏&ピアノがご機嫌斜めか???」と、非常に不安になる私。あ、なんかお腹が痛くなってきた…。←バカ過ぎ。
ホール内に入れたのが開演時間の10分前である。舞台上では、お髭氏お抱えの調律師の方がウロウロウロウロ、何やら調整しては引っ込んで、また出てきて調整して、の繰り返し。むむむ。
頼むよ、お髭氏、この期に及んで「ピアノが…」とかいってキャンセルとかしないで下さいよ。ファイナルなんだしさ。。。

結局、開演は10分遅れだった。とりあえずちゃんと出てきて弾いてくれれば文句はありません、私は。

なお、座席は一階センターやや後ろ目。うーん、ど真ん中というのは顔も手も中途半端に見えないなぁ。

・モーツァルト ピアノ・ソナタ第10番ハ長調 K.330
アゴーギクが大きい。っていうか、お髭氏、完全に遊んでるよ…。最後だから、なんだろうかなぁ。第三楽章なんか、かなり押し出し良く弾いてるじゃないか。良いのか、アレ。しかもなんですかー、あのグリッサンドは。一瞬、カデンツァ(?)が始まったらどうしよう、、、なんて思ってしまったけれど、さすがにそれは無かった。いや、やってくれても良かったけれど。

今回、ピアノがやや金属的な音色の方向で調整されてるな、という印象を受けた。湿度が高いから、クリアによく響くように、という判断なんでしょうかね。
結果的には、それが気になったのはモーツァルトだけで、ラヴェルやショパンでは違和感は無かったんだけれど。モーツァルトは、音色にもう少しまろやかさが欲しいなぁという気がした。もちろん、あれはあれでキラキラとしててとても綺麗だとは思うのだけれど。

・ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ
4回目のラヴェル。これに関しては、書き加えることはもうあまり無い。とにかく毎回、ピアニッシモの美しさに感動。あれは本当に、脳内でイメージした音を、出したい時に完璧な精度で、一分の狂いも無く鳴らせているということですね。本当に素晴らしい。ツィメルマンに限っては、「やば!音がデカすぎた!」なんてことは無いんだろうなぁ。

・ショパン バラード第4番へ短調op.52
これも4回目。今回が一番良かったと思う。もちろん、回数を重ねるごとに、49歳のツィメルマンのバラードに耳と感性が慣れてきたということはあると思うけれど。
サントリーで聴いた時よりも、しみじみとした哀愁や憂いを感じた。迫力はサントリーの方があったと思うし、重量感もあまり感じなかったけれど、今回はむしょうにやるせない気持ちになって、涙が出そうだった(私が感傷的な気分でいたせいかもしれないけれど)。全体的には非常にゆったりとしたイメージで、スケールの大きな流れを感じた。物語のような、というか、どこか滔々とした大河のような、壮大な叙事詩を思わせる演奏であった。

休憩

・ショパン 4つのマズルカop.24
不純物ゼロ、本当に美しくてピュアな世界。あえて作りこみ過ぎていないところが良かった。第一曲と第四曲の物悲しい雰囲気がすごく好きだなぁ。でも、気持ちはすっかりトリの「葬送ソナタ」にいっちゃってる私。ゴメン、マスター…。

・ショパン ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調op.35
サントリーの葬送レビューで書き尽くしたような感もあるので、あまりグタグタ書きません。
とりあえず、やっぱり凄かった。コンサート三連続などということは微塵も想像させない、強靭そのものの演奏であった。スケルツォなんかは、とにかく左手、低音が圧倒的だなぁ。黄金の左手である。いやでも、右手も黄金だしな…。

繰り返しになっちゃうけれど、第三楽章「葬送行進曲」の終盤、楽譜上はフォルテッシモだけれど、あえてソフトペダルを踏んでピアノで演奏した箇所はもう圧巻だった。あそこはもう、「葬送行進曲」という一つの物語の中で、異空間が形成されていたように感じた。中間部が完全に天国的な天上の調べだとすれば、あの部分は半此岸、半彼岸(それって結局どこなのよ?)という感じ。ある種の境界線上というかなぁ。サントリーより、もっとくぐもった音色で、ソフトフォーカスな印象だったかな。
そして、第四楽章の演奏も素晴らしかった。あれは葬列が去った後の墓場に吹き荒れる風を表しているのだろうか。あれだけ音の粒立ちのはっきり・くっきりしている人が、ああいう得体の知れない物が蠢いているかのような、不気味な表現をするというのがビックリ。しかも、非常にモニョモニョした印象を醸し出してはいるのだが、技術的には本当に正確無比というのが恐ろしい限りである。だけど、ものすごい説得力があった。目から鱗である。

今まで、ピアノソナタ2番というのは各楽章の曲想がバラバラでよく分からんな、と思っていたのだけれど(特に第四楽章…)、四楽章のソナタとしてちゃんとまとまって聴こえるよ。すごい。ここでも「お髭氏が弾くと何でも名曲に聴こえる」というツィメルマン・マジックは健在だった(ショパンのソナタつかまえてこういうのも何ですが)。

弾き終わったお髭氏はなかなか立ち上がらなかった。さすがに疲労困憊かな。何せ大曲だものね。それとも、18公演分の疲れがいきなりドッときた、ということかもしれない。

拍手、拍手、拍手だったけれど、アンコールは無し。最後だからもしかしたら?とも思ったけれど、やっぱり無し。まぁ、あの「葬送ソナタ」の後に一体何を弾けというのか、という気もするから良いのだけれど。

カーテンコールの最中に、お髭氏はピアノにも拍手をしてやって、というというような仕草をしていた。ええ、そりゃもう、もちろん。日本列島を北に南に行ったり来たりのお髭氏と、お髭氏のマイピアノ、本当にお疲れ様でした。ゆっくりお休み下さい。

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英会話1000本ノック

4902091399英会話1000本ノック
スティーブ・ソレイシィ
コスモピア 2006-02-25

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突発的に思い立って買った英会話本。ドーピングというのとはちょっと違うのだけれど。

1000個の英文の質問と、模範解答ではない回答例が2つずつ載っている。それだけといえばそれだけなんだけれど、1000個の質問文に対して、それぞれ英語の回答を自力で捻り出す努力をするというのは、なかなか脳みそのトレーニングにはなる。

ここのところちょっと移動が続いたので、移動の電車&車の中で、怪しい人にならない範囲内で口をモソモソ動かしながら(そして口元を本で隠しながら)やってみた。

問題は、自分の考えた英文が正しいかどうかの判断は、自分では下せないということ。あと、当たり前だけれど、自分の英語力の範囲内でしか英作文できないので、こう言いたいけど言えない!というストレスは残るかな。
まぁ、回答例が載っているので、表現の広がりはそれなりに出るかな、というところ。例文は、結構参考になると思う。

とりあえず一周したので、あともう一周ぐらいしようかな。そしたら、もう少し定着するかもしれない。

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2006年6月 5日 (月)

クリスチャン・ツィメルマン ピアノリサイタル 2006年公演 in サントリーホール ②

一体どれだけ言葉を尽くしたらあの素晴らしさを伝えられるのか、甚だ心もとないのだけれど。絶対的な芸術を言葉に変換する空しさと、自分の文才の限界を噛み締めながら書いたお髭氏の「葬送ソナタ」レビュー。

・ショパン ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調op.35「葬送」
かのお髭氏が「葬送ソナタ」をやると聞いて、狂喜乱舞した人は少なくないと思う。もちろん私も泡食ってチケットを押さえたクチなのだが、アルゲリッチとポリーニの「葬送ソナタ」を交互に聴きながら、「ここはどう弾くんだろう?」などとあれこれ思いをめぐらせて、ワクワクしながら待っていた。
不思議と、良くないんじゃないかという不安は無かった。アルゲリッチもポリーニも超々一流の演奏家だし、彼らの演奏をスタンダードにしちゃったら多くの演奏は見劣りしてしまう筈なのだが、お髭氏に関してはそんな心配は全くしていなかった。なんでしょうね、この「絶対良いに違いない」という、根拠の無い確信は。

そんな過大ともいえる期待は、裏切られることは無かった。一瞬たりとも。

「期待通りの名演」どころの話ではなかった。私の予想など遥かの凌駕した、奇跡的ともいうべき世紀の名演だったのである。もしかしたら、今後、これ以上の「葬送ソナタ」を聴くことは不可能かもしれないとすら思う。

完膚なまでに打ちのめされ、あまつさえ、木っ端微塵に粉砕された気分である。もちろん感動はしたのだけれど、あまりにも衝撃が大きくて、むしろ凹まされてしまった感がある。至高の芸術を前にして、どうしようもなく無力感を感じてしまったというべきか。私はキリスト教徒ではないけれど、壮麗なゴシック聖堂の中で一人佇んだ時に、圧倒されて思わず膝を折りたくるなるような感覚に近いかもしれない。


第一楽章は恐ろしく速いテンポで始まった。
ポリーニのような(もしくは常のツィメルマンのような)、構築的で理性的なアプローチを想像していたのだが、全然違った。こんな、何かに突き動かされているかのようなツィメルマンの姿(や演奏)を一体誰が想像し得ただろうか。
ツィメルマンといえば、感性を理性によって絶対的に制御する「理知の人」というイメージだったけれど、一楽章も二楽章も、臨界点ギリギリという感じの鬼気迫る風情だった。それでいて、そのピアニズムは破綻というものを全く感じさせず、まさに完璧の一言。凄まじくも信じ難い演奏だった。

しかし、さらに信じられなかったのは、第三楽章の「葬送行進曲」である。
冒頭の音からして驚愕させられた。とにかく沈鬱としか言い様の無い、まさに弔いの鐘そのものの音が紡ぎ出される。ピアノは間違い無く、お髭氏仕様の「音色“きらんきらん”スタンウェイ」であるというのに…。

陰鬱。荘厳。峻厳。一体どんな単語であの演奏を形容したら良いのだろうか。

終盤、最初の主題の再現部で、本来フォルテで弾くべき旋律をピアノで弾いていた箇所があった。一瞬ドキっとし、そして涙が溢れそうになった。崇高で、神々しい、この世のものとは思えない響き…。ああ、この人は、なんという音を出すのだろうか。あまりにも美しく、優しく、そしてあまりにも儚くて哀しい。

最終楽章。うねるような疾走感で終曲に向かう。そして、緊張に満ちた空間を切り裂くかのように、最後の和音が敢然とホール中に響き渡った。

…しばし呆然であった。

アンコールは無し。でも、あんな演奏の後には、何も必要無い。

この日のお髭氏の演奏に、そしてお髭氏と同時代に生きることができるということに、ただひたすら感謝するのみ。

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Legacy of the Jedi / Secrets of the Jedi (Star Wars)

0439851467Legacy of the Jedi / Secrets of the Jedi (Star Wars)
Jude Watson
Scholastic Paperbacks 2006-05

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すなみさんのブログで教えて頂いた本。
「Legacy of the Jedi」 「Secrets of the Jedi」というのはSWのスピンオフで、以前は 2冊で売っていた。今回合本PBとして再発売。筆者のJude Watsonは、Jedi Apprenticeシリーズ(オビとクワイの銀河大冒険シリーズ)やJedi Questシリーズ(オビとアナキンの銀河大暴れシリーズ)を手がけていて、SWのスピンオフの作者ではかなりメジャーではないかな。

私のお目当ては「Legacy of the Jedi」 「Secrets of the Jedi」ではなくて、巻末についてる短編、EP3後、「The last of the jedi」前のオビ=ワンの物語(「The last of the jedi」についてはコチラを参照されたし)。
なので、本編はそっちのけで、短編のみ読了。

オビ、グズグズである。砂ジャリジャリだしさぁ、、、。彼の不憫さというのはホント涙無しには語れないですね。果たして今後、彼が報われることがあるんだろうか。大師匠、ちょっと何とかしてやってください。

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2006年6月 4日 (日)

The Lion, the Witch and the Wardrobe (Chronicles of Narnia, Book 2)

0064471047The Lion, the Witch and the Wardrobe (Chronicles of Narnia, Book 2)
C. S. Lewis Pauline Baynes
Harpercollins Childrens Books 1994-08

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総語数36135、YL7

0694524786The Lion, the Witch and the Wardrobe (Lewis, C. S. Chronicles of Narnia (New York, N.Y.), Bk. 2.)
C. S. Lewis Michael York
Harper Children's Audio 2000-11

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<ストーリー>
舞台は戦時下のイギリス。ペベンシーの4兄弟姉妹、ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーは、田舎の老教授の屋敷に疎開してきた。彼らは、屋敷の洋服ダンスから、雪の降り積もる異世界「ナルニア」に入り込んでしまう。ナルニアは、白い魔女によって100年の冬を強いられていた。

YL7ってほど難しいかな?映画を見た後だと、YL7よりも随分読み易く感じるかも。ただし、朗読CDの方は、ちょっと難しい印象があったけれど。

「指輪」や「ハリポ」よりは随分易しいので、その二つで挫折したけれどファンタジーを読みたいという向きには大変お勧め。何しろ、ファンタジーとしては王道中の王道だし、ケレン味が無くて非常にストレートな印象。

ただその分、個人的にはもうちょっと複雑な内容が欲しいなぁと思ってしまう部分もある。洋書としては読み易くて気が楽なんだけど。
あとは、映画の感想にも書いたけれど、キリスト教的な要素をどう受け取るか、かな。この辺は多少好みが分かれるような気がする(もちろん、キリスト教的要素を丸っきりすっ飛ばして読むことも可能ではあるけれど)。

どうでもいいけど、二足歩行しているアスラン(のイラスト)にたまげた。映画でやらなくて良かったよね…。

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2006年6月 3日 (土)

クリスチャン・ツィメルマン ピアノリサイタル 2006年公演 in サントリーホール ①

6月2日(金)、サントリーホール。

<プログラム>
 モーツァルト ピアノ・ソナタ第10番ハ長調 K.330
 ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ
 ショパン バラード第4番へ短調op.52
 休憩
 ショパン 4つのマズルカop.24
 ショパン ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調op.35

仕事の都合で遅刻したのでモーツァルトは外のモニター鑑賞だったのだが、最悪、後半だけでも聴ければ御の字という気分もあったので、ラヴェルから入れてラッキーだったと思うことにしよう。でもモーツァルトも良さそうだったなぁ。

席は2階の割と奥。今回はステージが遠かったので、比較的冷静に聴けたような。あくまで最初は、なんだけど。
サントリーの音響は、いかにもホール!という感じの響き方で、ピーンとクリアな印象。東京文化会館の方が生(なま)な感じで好みだったけれど、あれは最前列だったからなぁ。比較してはマズイような気もする。

・ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ
豪華絢爛、ゴージャスなラヴェルである。軽みと重み、繊細さと豪快さ、剛と柔を兼ね備えており、個々の楽章の変化の付け方がお見事。ツィメルマンというピアニストのの表現の幅の広さがよく分かる一曲だった。フォルテとピアノのコントラストがなかなか強烈なのだが、やはりピアニシモが続く部分の多彩な音色の変化には瞠目させられる。
それにしても、レビューも3回目ともなると、いい加減語彙が不足してくるな。同じことを繰り返して書いているような気がしてならない。

・ショパン バラード第4番へ短調op.52
この日のバラードは素晴らしくて、血が逆流するかのような感覚を味わった。
前々回も前回も、ついついCDと比べながら聴いていたのだが、共通する印象は以前のような「若さ」や「瑞々しさ」があまり感じられないということ。考えてみればこれはごく当たり前のことなのだが、昔の演奏と一体何が違うのだろうかと考えた場合、結局のところは「若さ」の有無という部分に帰結するような気がする。
思い起こせば、私がツィメルマンのCDレビューで散々使ってきた「瑞々しくリリカル」という形容詞は、今回のツアーのレビューには一度も登場していない。もちろん、現在のツィメルマンの音色というのは他に類を見ないほど輝かしく、また高度に洗練された音作りであるのだけれど、かつてのような、「リリカル」で「詩情」に満ちた、若さゆえの瑞々しさが溢れ出てくるような演奏とは、音楽の方向性が随分変わってきているような気がする。要するに、ちょっとドスが加わってきている、ということなんだけど。

49歳のツィメルマンのバラードは、重量感があり、内省的で、エモーショナルであった。もちろん、哀愁を湛えた美しい旋律の表現も申し分無いのだが、全体の印象としては、「ショパン的リリシズムと詩情の発露」というよりもむしろこの曲の「激情」「情念」といった側面を強く感じさせる演奏であった。
「円熟」いう言葉では表現しきれない、深く、そしてある意味、壮絶な世界であったと思う。

こういう演奏を聴いちゃうと、お髭氏ってやっぱりブラームスが向いてるような気がしてならない。

休憩

お髭氏、何やら紙を手に登場し、やおらスピーチを始める。努力のあとがしのばれる、立派な日本語である。内容は、細かいニュアンスは覚えてないけれど、反戦というか、イラク戦争に対する批判。最後は「平和的にこの戦争に反対した人に演奏を捧げたい」と締めくくった。
こういうやり方は賛否両論あるんだろうけれど、言ってる内容はごくごく真っ当なものだし、アーティストと呼ばれる人種が政治的発言をするのも別に珍しいことではないと私は思うのだが。お髭氏も、来日記者会見の方がもっとはっきりした物言いをしているし(しかし、Viggoといいこの人といい、私が好きになる人というのはどうしてこういう人が多いのか…)。

・ショパン 4つのマズルカop.24
えーっと、大変心地よく聴いたマズルカだったけれど、トリの葬送ソナタが桁外れの名演だったので、あまり記憶に残ってません。とりあえず、マズルカ特有の野趣みたいなものはあまり感じられず、高貴で典雅な、音楽的に非常に自然なマズルカだったという印象。

・ショパン ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調op.35
これについては、別記事にて。私の文章能力をはるかに超えた演奏だったので、まともなレビューが書けるか甚だ不安だけど、頑張ってみます。。。

というわけで続く。

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2006年6月 1日 (木)

ムジカノーヴァ 6月号

ムジカノーヴァ6月号を入手。
2005年のショパンコンクールの審査院長で、「ツィメルマンの先生」としても有名なアンジェイ・ヤシンスキ氏がインタビューで、チビお髭氏についてぽろぽろと喋っている。

お髭氏って(やはり、というか)、元々お茶目な性格だったのね…と思ったのが、「黒鍵のエチュード」のくだり。一応伏字→お髭氏、15歳の時のコンサートで、アンコールでショパンの「黒鍵のエチュード」を弾いたそうだ。そして2回目のアンコールでは、なんと移調して「白鍵のエチュード」にして弾いたんだと。…何度移調すれば良いんだ?それにしても、プロフェッショナルなピアニストになろうという人であれば、そういうことって即興でさらっとできちゃうんでしょうかね。それとも、アンコール用に密かに家で練習してたとか?どちらにしても、こういう曲芸じみたことをやっちゃう15歳のお髭氏って、お茶目というか、もしかしたらやんちゃだったのか?

他にもいくつかエピソードが紹介されてて、お髭氏の「ピアノを中心に360度」な在り方(分かり難い表現だな)というのは、昔からだったのね、と感心。まさに、「三つ子の魂百までも」ですね。

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