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2006年6月20日 (火)

Music and Science クリスティアン・ツィメルマン in 東京大学 #2

第二部 討論会“Music and Science”
音楽と科学におけるインスピレーション
音楽と科学における絶対的な真理とその探求
美の探究へのストラテジー(戦略)
専門家になるべきか、広範な興味を持つべきか?
演奏家あるいは科学者の個人的な興味と聴衆あるいは社会のデマンド(要求)の差とその解決について ほか

レポというか、薄味断片メモですが、苦情は受け付けませんのであしからずご了承ください(でも間違いがあったらそっと教えて下さい…)。

事前打ち合わせは無しだったらしい。ホスト役の宮崎徹教授、「ツィメルマンが打ち合わせをさせてくれなかった。忙しいと思ってたらオペラとか行ってるし」とジョーク交じりにこぼしてたけれど、ボローニャか?

しっかし、お髭氏、よく喋るお人だ。

いえね、何となくそうかな、とは思ってたんだけど。記者会見でも饒舌だし、雑誌のインタビューなんかでも非常に丁寧に質問に答えているようだし。むしろ喋りすぎて、後で編集者が記事をまとめるのに苦慮するタイプではなかろうかと思ってたわけですよ(勝手な想像ですが)。
ショパンの弾き振りの時のインタビューでも「この話題については朝まで喋れますよ」なんて言ってるから、あ、この人はピアノだけではなくて言葉でも伝えたい、表現したいことが一杯ある人なんだな、と思ったのである。講演とか講座なんかでも時間を押してまで喋ってるみたいだし、少なくとも、ピアノだけ弾いて、あとは聴き手の側で判断して下さい、というタイプではないのだな、と。

しかし、それにしても。
宮崎教授が最初に「自由な会話の流れを阻害してしまうので通訳は入れませんが、お互い英語ネイティブじゃないので語彙も少ないし、大丈夫でしょう」なんて言ってたけれど、その前フリが空しく響くお髭氏のマシンガンぶりであった。全然、大丈夫じゃないから。
ちなみにお髭氏のPower Bookは拝めなかった。残念。

個人的には「喋りまくるツィメルマン」を見るだけでもかなり楽しかったんだけど、当初の目論見=詳細な討論会レポ作成という野望は見事に打ち砕かれたのであった。だってレジュメすら無くって、英語でメモを取ろうとすると、今度は耳が留守になるし。

しかし、噛み合ってるのか噛み合ってないのか、微妙な討論会だった。文系と理系の大いなる溝が…というとちょっと乱暴な言い方になるけれど。お髭氏が、「現在は、科学というのは高度に細分化、専門化され過ぎてて、もはやDa Vinciは存在し得ない」というようなことを言ってたけれど、それはまさにその通りで、全く分野の異なる専門家同士が建設的な話をするというのは至難の業であることを改めて感じた。歩み寄ろうにも歩み寄れないというか、お互い、自分の分野の話に終始するしかなくなるというか。それに、おそらく宮崎教授は音楽好きではあっても、ご自分では楽器はやらないんじゃないでしょうかね(もしやってれば、「演奏者の立場に立つ」ことができるだろうから、もう少し違った感じになったような気がするのだけれど)。

宮崎教授は、ツィメルマンの演奏に強烈な説得力=「絶対的なるモノ」を感じるそうだ。それには私も異論はない(あくまでも私個人は、だけど)。でも、「楽曲の絶対的な解釈はあるんですか?」なんて質問には、お髭氏も困ると思う。そんなの、「No」って言うしかないじゃないか。もちろん、彼は曲のイメージやコンセプトというのはかなり緻密に構築する人だろうし、その時々で限りなく「完璧」に近い、「最高」の演奏を目指しているだろうけれど、仮に「絶対的な解釈」なるものが存在するんだったら、もっとバンバンCD出してるでしょー。弾こうと思えば、どんなもんだって弾ける技術を持ってるんだから、もし「絶対的な解釈」の明確なヴィジョンさえ描ければ、それを演奏するのは容易いはずだし、「決定版」=CDとして残しているだろうと思うのですよ。
彼がCD発売を渋るのは、その時々で「こういう風に弾きたい」という理想形が仮に存在したにしても、その理想的と思われる解釈に、未来永劫、妥当性があるわけではないと感じているからなんだと思うのだけれど。そもそもお髭氏に関しては、ある曲に関して、悩ましい箇所が全く無いということがあるのかどうかすら疑わしいし。

とまぁ、最初からちょっとなーと思ってしまったけれど。

個人的にはお髭氏の「コンサートというのは聴いてるお客さんに"I love you"というようなものなのです」という話が印象的だった。
要するに、コンサートというのは聴衆とのコミュニケーションの場であるということ。例えば、好きな人に「I love you」と言う時には、紙に書いた「I love you」を棒読みするようなことはしないわけで(要するにこれが、単に楽譜通りに弾く、ということなんでしょう)、相手の顔色を見て、その心中をおもんばかりながら、気持ちをこめて口にするだろうと。だから、今日のお客さんはどんなかな~とか、いろいろ考えて演奏する、とまぁそんな趣旨だったかと思う(この辺、自信無し)。
そういう意味では、(対象、手段が何であれ)お髭氏ってコミュニケーションに重きを置く人だと思うので、よく言われる「孤高」という言葉は似つかわしくないんじゃないかなぁ、なんて思ってみたりもする。

ちなみに、「演奏する際には、元々こんな風に弾こうというイメージがあるのか、もしくは演奏中に自然に湧き出てくるものがあるのか」という質問に対しては「Both」と答えていた。お髭氏ってあらかじめ曲のイメージをがっちり構築して演奏にのぞむという印象が強かったんだけど、必ずしもそうでもないらしい。
まぁ今回のツアーで実演に複数回触れてみて、その時々で演奏の印象が結構違ってたので、金太郎飴の如く同じ演奏を完璧にこなすという訳ではないのだな、と思ったのだけれど。

どこまでやったらその曲を完成とみなすのか、という質問に対しては、やっぱり「10年かけるよ」って話になってたんだけど、しきりに「曲を理解(understand)するのではない」といっていた。単に「play the notes」ではない、とも。「何故、作曲家がそういう風に作曲したのか」というreasonを演奏すると言っていたような気がする。

最後は、質問者から科学と芸術との優劣論(「科学の方が勝ってる」)みたいな話が出て、ちょっと馬鹿馬鹿しかった。宮崎教授は「お互いinfluenceし合うんですよ」なんて、一生懸命フォローに走ってたけれど。「例えば、建築というのはScienceとArtの融合だよね」と穏やかにコメントしたお髭氏は、オトナですな…。

そんなわけで、討論の道筋がよく見えないまま終了。

まぁちょっと不満もあるけれど、こういう企画自体は普通のコンサートと趣が違ってとても良いと思う。次回は是非、音楽美学の先生でも呼んでやって頂きたいような。

ついでに蛇足だけど、前半の演奏会のレビューでバラードをすっ飛ばしてる(そんなに書くことが無い、悪いわけではないけれどえらく感動したというわけでもない)理由について。あれって多分、サロン的な空間=至近距離で聴く曲じゃなくて、やっぱり大ホールで聴くのに相応しい曲なんじゃないかな。安田講堂の響かない空間+前から○列目で聴くにはちょっと曲のスケールが大き過ぎるのかな、とか、そんなことを思った。

なお、これにて2006年のお髭氏祭りは(一応)終了。次の来日はいつになるのかな(もうスイスに帰ったのかなぁ)。とりあえず、クレーメルとの共演企画というのをじっと待つことにします。

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Pianist: Krystian Zimerman」カテゴリの記事

コメント

こんにちわ!東大討論会の詳しい様子をアップして頂いてありがとうございます。苦情だなんて、とんでもない。行きたくても行けなかった者からすれば、貴重なレポートでございますよ!

お話がかみ合わなかったり、質問者の質問がぶしつけだったり、的を得なかったりという話を他でも読みましたが、やっぱりそういう事もあったのですね。それでも穏やかに誠意をもって答えるお髭氏の様子が伺えて良かったです。

科学者からは程遠い私としては、
「美の探究へのストラテジー(戦略)」、
「専門家になるべきか、広範な興味を持つべきか?」
「演奏家あるいは科学者の個人的な興味と聴衆あるいは社会のデマンド(要求)の差とその解決について」 
といったお題に非常に興味をそそられたのですが、そっち方面へはあまりお話が進まなかったのでしょうかね~?

それにしても、お髭氏のマシンガン・トーク聞きたかったぁ(笑)。


投稿: petit viola | 2006年6月22日 (木) 18:55

こんにちは。

質問者の宮崎教授は科学者の立場(というか観点?)から質問をぶつけていたようですが、お髭氏の答え自体はそんなに科学との関連性があったわけではないような気がします。
「美の探究へのストラテジー(戦略)」って何か喋ってたかな…(^^;)。
「専門家になるべきか、広範な興味を持つべきか?」については、お髭氏は「Nature」や「Science」といった超トップレベルの学術論文誌まで読むそうですが、「果たしてそういうものを読むことが、単なるピアニストからより高次の音楽家へ、さらには芸術家になるために必要なのか?」とかそういう話になっていたような記憶がうっすらと(笑)あります。

「演奏家あるいは科学者の個人的な興味と聴衆あるいは社会のデマンド(要求)の差とその解決について」。これに関しては、いつも通り「事務所はこれを弾けばチケットが売れるから、とかいうけれど、その時に弾きたいものを弾くのが大事。プログラムの決定は一ヶ月前でも早すぎる」というお答えでした。現代音楽である(=社会のデマンドと差があるであろう)バツェヴィチのソナタについても言及していたのですが、「とてもemotionalな曲で、何回も聴くことで良さが分かる。お客さんの中にも、複数回聴いてみたら一番良い曲に思えるようになったという人がいたよ」(この辺うろ覚えなんですが)などと仰ってました。

今回の討論会の目的は、芸術(音楽)と科学の共通性を論じるということだったのかもしれませんが、結局、科学というのは「仮説があって実験して証明する」という、非常に道筋のはっきりしたものだけれど、芸術というのはconceptやimageやideaといったものが色々あって、そういうものの総体であるというような結論(?)になっていたような。この辺、当たり前といえば当たり前なんですが(^^;)。なんか両者はとっても違うんだよ~という印象を強くした討論会だったのでした。

嗚呼、どなたか補足してくだされ。。。

投稿: 青猫 | 2006年6月23日 (金) 23:32

うわ~またまた詳しいコメントありがとうございます!

おぉ、その質問のときに科学雑誌の話が出てきたのですね。私その場にいなかったので断片的な情報しかなくて、でもそれでも青猫さんの記事を読んでから、かなり全体像が見えてきましたよ。ありがとうございます。いつかどこぞやで、記事になるのですかね、半年後?映画雑誌で馴らされてるものにとっては永遠だわ・・・(また大げさ)。

投稿: petit viola | 2006年6月24日 (土) 02:32

連続ですみません。先程のコメントに添えるつもりが、忘れてました。青猫さんのブログを私のブログのお気に入りに入れさせて頂きました。私あまり、そういう事に熱心じゃないのですが、遊びに来てくれた方にも紹介したかったので。事後報告ですみません・・・。これからも宜しくお願いします。

投稿: petit viola | 2006年6月24日 (土) 02:42

petit violaさん
映画雑誌って、記事の出方がはやいですよね。っていうか、あれが普通だと思ってたんですが(^^;)。
半年後というのはかなり遅い部類だとは思いますが(レコード芸術なんかは、去年の11月のインタビューなんかが今頃出てきてます…。他の媒体だと、今、3月、4月くらいに来日したアーティストの特集をやってますね)、お髭氏のインタビュー、出てくるまでに2~3ヶ月くらいはかかっちゃうかもしれませんね。テープ起こしも大変そうだし(笑)。っていうか、各音楽雑誌さん、ちゃんとお髭氏を捕まえることができたんだろうか…。
あ、討論会のレポは割と早めで出ると思いますよ(^^)。GWの公開講座の記事もさっと出ましたし。だけど、あの討論会の内容、果たして上手く記事にまとめられるのか、、、と余計な心配をしています(笑)。

お気に入りに入れていただいてありがとうございました。本当に光栄でございます…。私自身はリンクとかどうしていいのかよく分からなくてやってないのですが(笑)、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: 青猫 | 2006年6月25日 (日) 21:51

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