クレーメル&ツィメルマン デュオ・コンサート 2007年 in サントリーホール
2007年11月15日(木)19:00開演 サントリーホール
<プログラム>
ブラームス:ヴァイオリン·ソナタ 第2番
ブラームス:ヴァイオリン·ソナタ 第1番「雨の歌」
-休憩-
ブラームス:ヴァイオリン·ソナタ 第3番
アンコール
ニーノ・ロータ:映画音楽「甘い生活(La dolce vita)」(1960年 フェデリコ・フェリーニ監督作品)
モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ第39番ハ長調K.404(385d) 第1楽章と第2楽章
プログラムAのオール·ブラームスプロ。席は手が見えて、ピアノの音がダイレクトに飛んでくるところ。
クレーメルは白いざっくりめのシャツ(多分)、ツィメルマンは燕尾で登場。ツィメルマンは、いつもの颯爽と入ってきてさっさと弾き出す感じとは大分違う。慎重に、ゆっくりめに歩いてて、やっぱり怪我をした人の歩き方だな、と思った。怪我のことを知らなければ気が付かない程度ではあるんだけど。。。
会場は水を打ったかのように静かだった。本人たちよりも客席の方が緊張してたのかも?というくらい、静まり返っていた。むしろ、2人はあまり緊張感が無いように見えた、というと語弊があるけれど、のびのびとやってる風で親密さが感じられた。長い付き合いというのに納得。仲良いんでしょうね。
実をいえば、今までクレーメルについては、反癒し系、神経質でアクの強いヴァイオリニストという印象が強くて、積極的に聴きたいとは思わなかった。むしろ、積極的に聴きたくないと思っていたくらいで、実は2時間のコンサートに耐えられるかどうか、微妙に不安だったくらい。正直言って、「なんでよりによってクレーメル?!」って思ってましたよ。こういう機会でなければ、生で聴く機会は一生無かったかもしれない。
今回は、良い意味で完全にイメージを引っくり返された。クレーメルのヴァイオリンは、人間味と滋味溢れる音色で、温かくて豊かな音楽の世界が広がっていた。ちゃんと、技術の向こう側にある世界に連れてってもらえた。やっぱり一流の音楽家なんだなぁ。
ヴァイオリンを聴くという意味では文句無しの一夜。
じゃぁピアノは?
こちらは多少思うところがあって、書こうかどうしようか迷ったけれど、感じたことを正直に書きます。
そもそも、クレーメルとツィメルマンという当代一の音楽家同士の夢の共演というと聞こえは大変良いけれど、実際に上手くいくんだろうか?音楽的な共通点はどこにあるのか?ちゃんとまとまるのか?と不安に思ったのは、私だけではないと思う。一人の音楽家としてキャリアも長くて、確固とした音楽性を確立している2人であれば、どう控え目に表現しても偉大なる個と個の「ぶつかり合い」になるのではないか、そしてぶつかり合った結果、どうなるのか。もちろん、全く違うモノ同士がぶつかって、上手く化学反応を起こして1+1=3になることはままあるだろうし、それこそがデュオの醍醐味という側面もあると思うのだけれど、一方で目指す解釈の方向性が全く違って噛み合わない危険性もあるわけで。そもそもキャラクターが違いすぎるのではないか…。
とまぁ色々心配したわけだけれど、実際には丁々発止のぶつかり合いでは全く無かった。俺が俺が、というところや、少しは人(相手)の音を聴け!というところが見事なまでに無くて、お互いを尊敬して、理解し合った大人が、穏やかに語り合う、寄り添う、そんな感じだっただろうか。分別のある立派な大人2人が、一緒に何かを作ろうとするとこうなるのか、とある意味すごく感心してしまったのだけれど。
ぶつかり合いではなかった要因は、多くはツィメルマンにあったと思う。ツィメルマンがクレーメルに遠慮して合わせた、というのとはちょっと違うように思うけれど、ツィメルマンはこの語らいにおいて、相手の話(=音)をよく聴いて、受け止めて、自分の主張を声高に叫ぶのではなく、誠実に言葉を返していくような感じ。前半の2番と1番で特にそうだったんだけれど、かなり音量を抑えていてフォルテも控え目だし、タッチそのものも全体的にちょっと軽めだったような気がする。何となく、リサイタルの時の6割か7割くらいの印象で、正直、「え、こんなに引っ込んでるの?」と面食らったくらい。確かに、ツィメルマンが全開モードでゴンゴン弾き倒したら、音量的にヴァイオリンは完全に負けてしまうだろうから、デュオのバランスとしてはあれで正解だったと思うけれど、ツィメルマンファンとしては微妙にもどかしいような、物足りないような気分。せっかく伴奏専門ピアニストじゃなくて、わざわざツィメルマンが弾くんだから、もうちょっと出るところはバリっと出て欲しかったと思うのは贅沢なのかなぁ…。
繰り返しになるけれど、冷静な頭で考えれば、バランスとしてはベストなんだけれど。
ついでに、いわゆる完璧主義者的な鬼気迫る感じがなくて、適当に肩の力が抜けてるように感じた。結構ミスタッチもあったし。その辺も含めていかにも気心の知れた友人との演奏という風情もあって、それはそれで良かったけれど、たった一人で全責任を負って舞台にのぼるリサイタルとは、やっぱり色々違うのかもしれない、などとも思う。デュオはいつもこういう感じなのか、それとも万全じゃないのか、よく分からないけれど。
さて、前半と後半とでちょっと印象が違ったので、その辺も含めて雑感諸々。
まず前半。
2番の冒頭を聴くなり、ああ優しいなぁと感じた。ツィメルマンはともかく、クレーメルが「優しい」っていうのは意外だったけれど、とても心地良かった。テンポは大体オーソドックスで、2楽章なんかはリズムが軽快で素敵だったけれど、全体的には落ち着いた印象。でも、重々しくはないし、じっくりたっぷりためるかと思いきや、意外とさらっと弾く場面も多かった。
1番は、枯淡というと年齢的に申し訳ない気もするけれど、油気があまり無かった。2楽章は、一歩一歩ふみしめるかのように音楽を紡いでいて、何となく大人のブラームス。ちょっと達観してるような感じで、煩悩が感じられないというか…。坊主2人?
後半の3番は、ツィメルマンらしさがあって、フォルテも結構派手になってて、何となく安心してしまった。あれくらい出ばっても誰も文句言わないですよ、ツィメルマンさん…。2楽章は、遠い昔を思い出しながらしみじみ語り合ってるような感じで、やっぱり大人のブラームス。最終楽章はテンポが速かった!!スタイリッシュにエキサイティングで、大興奮。これはもう1回聴きたい。是非聴きたい。
アンコールは2曲で、1曲目は一体これはなんだろうと思って聴いてたけれど、ちょっとアンニュイな感じがあって意外な魅力発見といったところかも。
2曲目のモーツァルトでは、空調で楽譜がひらひら飛びそうになってしまい、見てる方がヒヤヒヤ。何度かツィメルマン本人が右手で押さえる場面もあって、3度目にひらっとした時には大分派手に「バシっ」と押さえてて、しかもそのタイミングが曲の拍にきっちり合ってて、ものすごく可笑しかった。お客さんもドッと湧いてたなぁ。このモーツァルトが素敵だった~。キラキラと弾けるように明るくて、軽やかで、目が覚めるように鮮やかで、ああツィメルマンを聴いたわ、と欲求不満解消。
終りよければ全て良し?
あ、今回は、始まる前にJさん、休憩時間にはMelodyさんにもお会いして、お話させていただきました。前半ちょっとモヤモヤしてたので、休憩時間にお話ができて、とても嬉しかったです。初めてお会いしたというのに、感じたことをものすごく正直にお話してしまいました…。色々とありがとうございました。ブログともども、今後ともよろしくお願いします。
さて、フランクはどんなことになるんだろうか。
次はみなとみらいです。
あああ、この記事2つに分ければ良かった。長過ぎ。
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コメント
青猫さんらしい詳細なレポありがとうございます。
ああ、「トラよりツィメ様選べばよかった・・・」と後悔の念が。(泣)
ツィメルマンとクレーメル、個性が全然違うし(どちらも好きですが)この二人がどんなブラームスを演奏するのかなかなかイメージがわかなかったのですが、ツィメルマンは
「ブラームスのヴァイオリンソナタの正しいピアノ伴奏法」
を目指したのでしょうか?
青猫さんや他の方のレポを拝読してそう思いました。
(実演に接していないので私の勝手な思い込みです。
あ~、やっぱり11月に帰ればよかった~!
トラを選んだ私が悪うございました(号泣)
ブラームスは私も何度か弾いて全然満足出来なかったので、ツィメ様の演奏を聴きたかったです~!)
次はフランクですか? いいですね~♪
また記事を読ませていただくのを楽しみにしています。
投稿: バラード | 2007年11月16日 (金) 20:27
こんばんは!昨夜はどうもありがとうございます。
1番の優しさって、きっとブラームスがクララ・シューマンへの想いを募らせつつも、伝えられない、でも好きなんです、みたいな奥ゆかしさというか、僕は貴女を見守るだけで幸せです、みたいな感じだったのかもしれませんよね。
この二人で、いつの日かまた聴かせて欲しいですね。
フランクは、きっと生で聴くとノックアウトだと思います。そういう曲だと思うんです。
投稿: Melody | 2007年11月17日 (土) 01:18
今晩は♪
同じプログラムでも名古屋で私が受けた印象と違う部分もあってとても興味深かったです♪。
ホールも座席も演奏者のコンディションも受けて側の感じ方も全て違うので当然ですが~。
名古屋では、私は当然弾き応えのある第3番が良いはずと、期待値高めで臨んだのが裏目に出たのもあって、クレーメルさんのヴァイオリンの音が早い楽章で急に悪くなった様に感じてからはイマイチでした。この曲は西宮で再度チャレンジです。
逆に2番1番がしっとりしていて、大人でとても良かったと思いました。そんなに力が抜けてる感じでもなく最初っから熱く演奏してましたヨ(クレーメルさんです)。
スーパーデュオでも日替わりでコンディションががらっと変わる事もあるのかしら~。ソロと違って、色んなハプニングもあるんでしょうね。全公演通しで聴いてみたい!
明日はフランクを聴いてきます。この曲はピアノはちょっとはでしゃばって欲しいな、と思ってます。
投稿: petit viola | 2007年11月17日 (土) 02:39
バラードさん
私も聴く前は、あの2人の組み合わせはどうにも想像できませんでしたが、意外と真っ当だなぁと思いました。←もっと奇抜なものを想像していたので
Vnソナタの録音なんかを聴いても、元々Vnの邪魔にならない演奏をする方だという印象はあったのですが、今回も「伴奏」っていう意識が強かったのかもしれませんね。
弾かれたのはブラームスのVnソナタのピアノパートでしょうか?私は楽譜は持っているのですが(買った当時はVnパートを練習しようとしたような気もするのですが)、あっという間に放り投げました…。ブラームスって、昔発表会で苦労した記憶があってトラウマなんですよ。。。
フランクの記事はもう少しお待ち下さいませ。
投稿: 青猫 | 2007年11月19日 (月) 00:27
Melodyさん
こちらこそありがとうございました。
ああいう優しいブラームスも良いなぁと思いました。もっとギュンギュンした演奏もあるかとは思うんですけれど。
1番は、「坊主」と書いたのは、何となく悟りの境地をイメージしたからでした。クララへの適わぬ愛に対する「諦観」に通じるものなのかな?
今日は、しっかりノックアウトされてきてくださいませ~♪
投稿: 青猫 | 2007年11月19日 (月) 00:41
petit violaさん
コンサートごとに、演奏家のコンディションも変わればホールの音響も変わりますし、やっぱりどの座席で聴くかって大きいですよね。
デュオだとAが調子良くてもBがイマイチとか、AもBも冴えないとか、AとB両方良いけれどアンサンブルは噛み合わないとか、AもBも暴走してるけれど何故か世紀の名演とか、出来不出来のバリエーションが増えそうです。その辺もデュオの面白さでしょうね。全公演聴き比べたいですね~(でも記憶力が無いから、その都度上書きしちゃいそう…)。
2番1番は、私も大人って思いました。ブラームスって重厚だったり激しかったりするだけじゃないんだなぁとしみじみ思いましたです。
投稿: 青猫 | 2007年11月19日 (月) 01:20
こんにちは。
コメント拝見させていただきました。
私もサントリーホールに足を運びました。
良い意味で期待と違った演奏だったのですが、こちらでレポートを拝見して「なるほど、なるほど」と自分の受けた印象を再確認致しました。自分があのお二人の歳に追いついた時、より実感としてせまってくる情感なのだろうな・・・と思いつつ。
余談ですが、以前こちらでアンデルジェフスキ氏の事を読み、とても興味がありましたので、先週王子ホールのリサイタルに行ってまいりました。サントリーホールと同じく、期待を大幅に裏切られた演奏でした。もちろん良い意味です。まさかバッハが楽しげに聴こえるとは・・。
こちらでは、いつも勉強させていただいています。ありがとうございます。
投稿: Malta | 2007年11月21日 (水) 00:33
Maltaさん
お久し振りです♪
Maltaさんはサントリーにいらしていたんですね。
あの演奏、結構皆さん意外だと感じられたみたいですね。あの雰囲気だったら、小~中ホールくらいが良かったなぁ。
あの2人の今の年齢(50~60歳くらい)の演奏を聴けて、本当に幸せだと思いました。若々しいブラームスも良いですが、ある程度年を重ねた方の、深みのある演奏というのは得難いものがあります。
アンデルシェフスキ、聴かれたんですね。羨ましい!バッハ、本当に素晴らしかったでしょうね。アンデル氏のパルティータのCD、大好きです。
今秋、ツィメルマンさえ来なければ複数回行ってたような気がするんですが。ああ残念。
また遊びに来てくださいね。
投稿: 青猫 | 2007年11月21日 (水) 20:39