ミーシャに振り回される一週間
ミーシャことミハイル・プレトニョフ、目下、私にとって最大の難人物である。
1957年生まれのピアニスト兼指揮者。1978年のチャイコフスキー国際コンクールの優勝者だけれど、現在はピアニストとしての活動は休止中(引退か?)。
見るからに俊英というか、才気煥発というか、才能があり余ってる感じがプンプンと漂う御仁。ピアノは弾くは、指揮はするは、オケは作るは、作曲・編曲はするわ、その他にも色々特技があるらしく(バトミントンのトレーナーの資格を持ってるとか)、「何でもできてヤな男だな」というのが私の正直な印象(何故かミーシャについてはとことん口が悪くなる私)。
しばしば奇才、鬼才などと称され、個性派に分類される。即興的で自由奔放な(実際には即興などではなく、綿密に練り上げられたと思われる)歌い回しは大変面白く、ある種麻薬的な魅力すら宿るのだけれど、往々にして散々いじり倒してこちらの予想をはるかに超えたフレージングを繰り出してくるので、「ここまでやったら、もう嫌がらせの域だろう」とか「この人、基本Sだよな…」と思うこともしばしば。それがたまらんという人もいるだろうし、耐えられないという人の気持ちもよーく理解できる。
なので、私としては、好きか嫌いかきかれると、返答に困る演奏家である。決して大好きではないし、聴いててカンに触ることが多いくらいなんだけれど、一方でどうしようもなく惹きつけられるところがあるのも否定できない。直球ストレートど真ん中ではないけれど、スライダー外角一杯、絶妙なところに入ってくる感じだろうか。
さて、今回、珍しくど真ん中だったのが、下のDVDのラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」。
New Years Gala: Tribute to Carmen Berlin Philharmonic, Claudio Abbado Arthaus Musik 2000-10-03 by G-Tools |
※HMVの商品頁では、「ジルベスター・コンツェルト」になってるけれど、DVDのジャケにはNew Year's Galaとも書いてある。ジルベスターだったら大晦日コンサートじゃないのかな?
とにかく上手いパガ狂である。アホみたいに上手くて、まるでカミソリの如き切れ味。ここまでくると笑いがこみ上げるレベルで、見ながら20秒おきくらいに「上手い、上手過ぎる…」と唸ってた。元々、ミーシャはテクニシャンの誉れが高い人だし、もちろんCDを聴いてても感心する瞬間は一杯あるんだけれど、今回はライヴということもあって、ちょっとタマげてしまった。
ここまで平然と弾くのもちょっといかがなものかと思わせる見事なポーカーフェイスで、終始、余裕綽々で弾きまくり、しかも汗一つかかないときたもんだ。24変奏(コーダ)なんか、ドカドカドカドカっ、ダダダダダっていう跳躍満載だけど、まるでターミネーターの如く難所を粉砕して突き進み、ラストは落ち着き払ってサラっと締める。あーもうなんだか、ひたすら可愛くない。アラ無し、隙無し、文字通りのパーフェクト。
タッチマニアぶりも健在。この人のタッチの多彩さ、特に弱音の表現の幅の広さというのは、本当に驚くべきものがあるんだけれど、フォルテも音割れや濁りが無くて、実に綺麗な鳴り方をしている。鍵盤の押し込み方とか、離鍵の仕方とか、映像で見ると、なるほど、こうするとこういう響きになるのか…と色々腑に落ちると同時に、ここまでやるか、とも思う。
速いスタッカートのパッセージなんか、一音一音、強弱・ニュアンスを凄まじいレベルで制御してて、一体どういう運動神経をしてるんだって思ったけれど、これは運動能力というよりもむしろ知性の問題という気もする。テクニックがあっても、こういう速いパッセージは、ニュアンスも何もなく無表情(無自覚)にササッと弾き飛ばす人もいるわけだから。
あとはやっぱり、ペダリング。音の響かせ方はもちろん、減衰のさせ方、消し方がものすごく上手。フレーズの最後、キュッとペダルを上げる、音の収束のさせ方が一々カッコいい。そう、実にcoolでカッコいいんですよ。。。
やばいなー、これは恋に落ちそうかも、などと思いつつ、ここしばらくエンドレスリピートしていたんだけれど、今日、ふとショパンのピアノソナタ3番を聴き直してみたら、これがまた別の意味で強烈だった。
ショパン:幻想曲 プレトニェフ(ミハイル) ショパン ユニバーサル ミュージック クラシック 2006-01-13 by G-Tools |
冷水を浴びせかけられました。文字通り、冷却水。
ええと、ルバートかけまくり、リタルダンドしまくりのテンポズルズルは良いんです、この際。
良い演奏というのは、えてして脳ミソよりも体が反応するものだけど、私はこの演奏、聴いてて脂汗が出てくるような気分だった。普通は体が反応というと「血沸き肉踊る」状態を指すわけだけれど、今回は、嫌な血圧の上がり方をして心臓に負担がかかるような、そういう感じ。いや、それはそれですごい演奏なわけなんだけど。
何なんだろう、この、奏者のエネルギーが微妙に外に発散していかない感じは。どこか一歩引いてるというか、後ろを向いているというか、何となくネガティヴな雰囲気が漂う。特にフィナーレの、緊張と弛緩を繰り返すかのような、そしてどこか病的な影が見え隠れするような表現はかなり特異ではないかと思う。ここには、テンションをグングン上げて豪華絢爛と盛り上がり、最後はドンガラガッシャンと爆発的なカタルシスとともに幕引き、というようなストレートさは無い。確かに、随所に華やかなヴィルトゥオーシティは見られる。だけど、明と暗があまりにも目まぐるしく交錯するものだから、必ずしも技巧の華々しさが、敢然と何かに立ち向かうようなポジティヴな力強さやパッションの表現になってないのである。
プレトニョフという人は、この曲において、一体何を、どんな情景を見ているんだろうか。やっぱり、この人のヴィジョンはちょっと普通じゃない気がする。。。
そんなわけで、頭を抱えていたら、何となく恋に落ち損ねてしまった。とりあえず、ミーシャは私の中でピアノの上手い人二傑のうちの一人に決定なんだけれど、やっぱり無条件に大好きにはなれない運命にあるらしい。まぁ、無条件に大好きな人が二人もいたら身がもたないので、かえって良かったんだけど。
どうでもいいけど、この二傑、「王子」というにはちょっとトウが立っているけれど、白王子と黒王子というとしっくりくるような。それとも天使と悪魔っていった方がいいのかな。いや、天使はブレハッチか?何せ“ラファウ”さんだし。あー、なんだかよくわからなくなってきた…。それにしても、ツィメルマンが好きでなおかつプレトニョフも、、、ということが成り立つのが、自分でも驚き(単に節操無しなだけ)。
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コメント
青猫さん、おはようございます。
プレトニョフって、私には未知の人物なんですが、今回の青猫さんのブログを読んで、とっても興味がわいてきましたよ。なんか、怖いものみたさっていうか・・・(笑)
文章に、不思議な熱気がこもっていて、読んでいて笑ってしまいました。いるいる、こういう人っているんですよね。手放しで大好き!と恋に落ちるわけではないんだけど、なぜか気になってしょうがない、そして、気が付くとその人のことをぐるぐる考え続けているって。
ツィメルマンより1歳年下ってことは、当然干支とかその他諸々、占い的にも青猫さんとの相性がだいぶずれているんでしょうね って、そういう問題ではないですね。
私も今度、ぜひ聴いてみたいですけど。初プレトニョフ、としては、何がいいでしょうか?
投稿: プーとパディントン | 2008年1月12日 (土) 07:46
プーとパディントンさん、こんにちは。
大好きな人はちゃんと別にいるし、決してタイプじゃないんだけど、やることなすこと妙に気になって仕方がないヒト…って、なんだかロマンス小説じみてますね(バカ)。
初プレトニョフのお勧めですか?うーん、果たして勧めて良いのやら(笑)。
ええと、近頃、ベートーベンのピアノ協奏曲が全曲出揃いました。1&3、2&4、5の組み合わせです。1&3、2&4を聴きましたが、ライブで、ちょっと魔法みたいなところがあります。4番、本当に上手いです。。。
どれも、ベートーベンだというのに(?)結構遊んでて、アクは強いですが。
カーネギーホールのライブは、お客さんのテンションがものすごく高くて、聴いてて盛り上がります。ショパンのスケルツォ全曲が個性的で、いかにもプレトニョフっぽいかもしれません。「わはは、なんだこれ~」と笑いました。。。
そういえば、私は未聴ですが、リストも弾いてますね。
投稿: 青猫 | 2008年1月13日 (日) 01:59
青猫さま。はじめまして。エルと申します。ツィメルマン氏の検索を楽しんでおりましたら青猫さまのブログにたどり着きました。私も音楽と英語が好きで、ピアノを中心とするクラッシクをよく聴き、英検2級程度にもかかわらず、ロマンスもののPBを適当に楽しむので、青猫様のブログをとても楽しく拝見させて頂きました。実は、お髭氏もプレトニョフも大好きなんです!!青猫様のプレトニョフに関する表現、全く同感です。正統派のツィメ氏と、麻薬のようなプレトニョフ氏。私はプレトニョフ中毒に罹ってはツィメ医師のもとリハビリを受ける日々を繰り返してます。今はチャイコフスキーの協奏曲がヘビロテです。あんまりドキドキするので自分の心臓が心配です。ツィメ様へのドキドキ感とはまた異なりますね。
投稿: エル | 2008年1月13日 (日) 14:52
エル様
はじめまして。拙ブログへようこそ♪
コメントありがとうございました。
ツィメルマンとプレトニョフとロマンスPBがお好きなのですね。どれか一つくらいはお好きな方も多いと思いますが、この3つが並ぶのはなかなか珍しいような気もしますので、なんだかとても嬉しいです。
ツィメルマンの魅力というのは、何の思うところもなく、それこそ一晩中でも話せる私ですが、プレトニョフの魅力については、なかなか説明しがたいものがあって、私にとっては色々な意味でちょっとムズカシイ人です。何となくうかつに近寄ったら痛い目を見そうな、どこか危険な香が漂うのが良いんでしょうか(笑)。ミーシャの演奏、時々グラグラしてくるというか、こちらの頭がおかしくなるんじゃないかって時があるんですよね(^_^;)。なぜそんな思いをしてまで聴く?!って思いますが、何故か聴いてしまいます。。。まぁ、ミーシャでどんなに痛い目を見ても、私にはツィメルマンさんがいるから大丈夫…(多分)。
ブログもちょっとお邪魔させていただきました。また遊びに寄らせていただきますね。どうぞよろしくお願いいたします。
投稿: 青猫 | 2008年1月14日 (月) 23:27
青猫さん
こんにちわ。
このミーシャのdvdずっと探していたのですが、今回青猫さんのブログのお陰で、アマゾンでぽち出来たので、すごく嬉しいです。有難うございます!!このミーシャのピアノは・・・・です。表現する言葉がないです・・
ミーシャの展覧会の絵はもうお聞きになられましたでしょうか。キエフの大門・・・・笑えます・・
ツィメルマンのショパンを聞いたあとにミーシャのショパンを聞くと面白さ倍増です。
先日、俺たちフィギュアスケーター見てきました。
笑えましたよ~~ 明日はレディースディなので、仕事を定時で切り上げて、4分間のピアニスト見に行くつもりです。^^
では良い休日を♪
投稿: クレオ | 2008年1月17日 (木) 23:12
クレオさん
このDVD、探してる方結構いるみたいなんですよね。私もてっきり廃盤で入手困難盤かと思ったら、灯台元暗しでアマゾンで扱いがありました。
これのミーシャは、本当にすごいですよね。。。「上手い」という点で、部屋の中を転がりたくなるほど感心したのって、実はお髭さん以来かも。ミーシャって、お髭さんと比べると堅牢ではないと思う部分もあったんですが、これは本当に磐石も磐石、ものすごい安定感でした。
展覧会の絵は、圧倒的ですね。音が振り注いでくる感じ。そう、ミーシャって時々すごすぎて笑いを誘います。笑いの内訳は「このテク、あり得ん」だったり、「ミーシャ、やり過ぎだ…」だったり、色々なんですが。
「俺たちフィギュアスケーター」、面白かったです。場内、爆笑の渦でした(でも引いてる人もいたかも?)。「4分間のピアニスト」も何とか見たいんですが、いつまでやってるのかなぁ。。。
投稿: 青猫 | 2008年1月18日 (金) 20:48
青猫さん、お薦めありがとうございます。
早速、カーネギーホールライブを購入しました。
青猫さんのコメント、いちいち納得することばかりでしたよ。
ライブだったら、こういう演奏ってとても刺激的で面白いんだろうなと思いました。
細部までこだわって、なんか細密画を拡大して見せてくれるようなところがあって、説得力があり新鮮で刺激的だけれど、これはやりすぎでしょう!!と思われる部分もあり、
私にとって、一番ひっかかるのは、ジャケットの本人の写真と音楽のギャップです。この人の内面って、いったいどうなっているのでしょうね? 今、クレーメルの自伝を読んでいる最中なので、余計にそう感じるのだけれど、この人、ソ連崩壊前は国内でどんな風に生きていたのかが、とても気になります。
でも、一回はライブで聴いてみたい!!
私にとっても どっぷりと嵌りたくはないけれど、気になるピアニストの一人になりました。
投稿: プーとパディントン | 2008年1月20日 (日) 11:45
プーとパディントンさん
カーネギーを聴かれたんですね。
私は、ひたすらミーシャ節炸裂!なもんだから、「あ~、おいてかないで~」とついていくのに必死でした。
あ、でも、ベートーヴェンの32番は普通に(いや、普通じゃないか…)名演ではないかと思います。
あのジャケ写はぬぼーっとしてますよね(笑)。なんとなくとらえどころがないような。
私はほとんどチェックしてないんですが、インタビューなんかを追いかけると色々と面白いことをしゃべってそうな気がしています。図書館でバックナンバー探してみようかな。。。
本当、ライヴで聴いてみたいですよね。できれば足元が見える席で(笑)。でも、次にリサイタルやってくれるのはいつになることやら…。
クレーメルの自伝は、「青春譜」でしたっけ。これ、私もちょっと興味あります。バレエダンサーなんかもそうですが、あの頃、多くの芸術家が亡命をしましたよね。故国を捨てざるを得ない状況というのは、はたしてどんなものなのか、、、旧ソ連の(すさまじいであろう)実情、知りたいような知りたくないような気分です。
投稿: 青猫 | 2008年1月21日 (月) 17:33
青猫さん、はじめまして。いろいろ検索していたらこちらに来てしまいました。私は正真正銘、プレトニョフに惚れこんでおります。音楽を聴いてここまで胸が締め付けられる思いがするのは彼のピアノが一番です。バッハも、ショパンも、ベートーベンも、それが元はどのようなものであったとしても、彼を通過すると中毒性を帯びたものに変質するんですね。青猫さんが感じられた、一種の毒気も含めて、私はもはや中毒患者です。ミーシャはもうピアノは弾かないなどと言っているようですが、何とか気が変わらないでしょうかね。
パガニーニの映像はYouTubeで見ていましたが、このブログを見て、やはりDVDを購入しようと思いました。青猫さんのおっしゃるとおり、確かに彼の弱音の極限的な繊細さにはいつも言葉を失います。
彼の演奏はどれも魅力的ですが、展覧会の絵のCDに入っている、眠れる森の美女からの抜粋も大変素晴らしいですね。オケ曲をピアノ一本でここまで表現できるのかと驚くばかりです。これを聴くと、彼がバレエの間も熟知していることがよくわかります。
とつぜん乱入して長々とすみませんでした。また時々お邪魔させてください。
投稿: ベル | 2008年3月 1日 (土) 19:38
ベルさん
初めまして、拙ブログにおいでいただき、またコメントありがとうございました。
プレトニョフ、お好きでらっしゃるんですね。あまり素直に褒めてなくてなんだか申し訳ないような(^_^;)。
プレトニョフの毒気にハマってしまうと、他の人の演奏が物足りなくなってしまうような気がします。あれだけ上手くて“面白い”人も珍しいような。。。
ピアニスト引退は惜しいですね。指揮者としても優秀な人だと思うので、本人が指揮をやりたいというのならまぁしょうがないか…という気もしなくはないのですが。勉強は山ほどしなくちゃいけないでしょうし、事務的な仕事も多いでしょうし、ピアノの練習をする時間はきっと無いんだろうなぁと想像してます。
パガ狂はYoutubeも見ましたが、見られる方は是非DVDで!って思います。タッチの制御等含め、上手さがビンビン伝わってきます。
「眠りの森の美女」の編曲も素晴らしいですね。実はミーシャ編曲版の「眠り…」の楽譜を持っているのですが、ミーシャ、自分が弾けるからって容赦無く音符を詰められるだけ詰め込んだわね、、、という感じで、一部三段になっております。しかも運指も一切入ってないので、本当に素人さんお断りって感じです(^_^;)。
正直、あの編曲を聞いて、「プレトニョフのやりたいことって、指10本じゃ足りないんだろうな…(指揮に行ったのもちょっと納得)」って思いました。
どうぞまた遊びにいらして下さいね♪
投稿: 青猫 | 2008年3月 3日 (月) 20:27