ツィメルマン講演会(メモその1)
11月7日(金)に明治学院大学のアートホールで行われたツィメルマンの講演会に行って参りました。
いわゆるホールではなくて、フラットな床に椅子を並べた会場だったんですが、天井は高くて響きは結構ある感じのお部屋でした。
今回はツィメルマンはドイツ語で、通訳が付きました。
私はドイツ語は皆目分からないのですが、訳された日本語が実に見事でよどみなく、ストレスが全然無かったです。
さて、講演会の詳細(?)なんですが。
ジャパンアーツのブログにもレポ(ルトスワフスキについてツィメルマンが語る講演会)が載ってるし、なんかもう旬を過ぎたしなぁ、、、な気分も無きにしも非ずなんですが、まぁ一応、個人的なメモを残しておくということで。
当然メモを取りきれなかった部分、メモの不備もあるので、抜けや漏れがあります。
またある程度要約した部分もあり、細部の言い回し等は異なります。
あくまでも不完全なものであって、大体こんな内容、と思っていただければ幸いです(間違いがあったらご指摘ください)。
何しろメモなんで潤いが無いです。潤いを付けようとするとニュアンスを捏造してしまいそうな気がしたので、敢えて殺風景なままにしておきました。
対話形式ではなく、ずっとツィメルマンが喋るスタイルだったので、以下基本的に一人称はツィメルマンです。
◆ルトスワフスキのピアノ協奏曲の作曲の背景、きっかけについて。
まず、現代音楽とは何か?私にとっては、とりたてて現代音楽というジャンルはない。500年前に書かれようが昨日書かれようが、それは問題ではない(過去に書かれたという意味ではみな同じ)。大事なのは、作曲家の内なる動機としての感情(=emotion)で、なぜその音楽か書かれたかという点。何百年の間に音楽言語は変わるけれど、曲が書かれる理由=感情(emotion)は変わらない。作曲家が感情を聴衆と分かち合いたいと思った時に曲は生まれる。
ルトスワフスキは、自らを現代音楽家として認識していなかった。ある時、自分が「もっとピアノ曲を書いてくれたら「ルトスワフスキの夕べ」ができるのに…」といったら、とんでもないといわれた。ルトスワフスキは現代音楽フリークとして見られたくないし、他の作曲家と同じように、一人の作曲家として見てもらいたいと思っていた。例えば、一晩のコンサートの中に、バッハやプーランクと並んでルトスワフスキも入ってくるというように。
ルトスワフスキは真面目でノーブル、チャーミングでユーモアのある人だった。初めて会ったのは1974年、出会った時から素晴らしい人間性とユーモアに魅了された。
再び会ったのは数年後で、私がある程度キャリアを積んでいた時期だった。ルトスワフスキは協奏曲を書きたいと言ってくれたが、当時自分はルトスワフスキが本当に真面目で真摯な人だということを理解していなかったため、これは社交辞令だろう、実現はしないだろうと思っていた。2~3年の間、会うたびに書いているといわれたが、難しいともいわれた。知識に裏付けされた音楽が主流となり、本来音楽が何のためにあるかということがおろそかにされた1960年代を経た後、ピアノ協奏曲を作曲することは大変困難なことになっていた。
1988年、ルトスワフスキから突然電話があり、できたから来てくれといわれロンドンに向かった。スコアを見た瞬間から魅了される素晴らしい作品だったし、ルトスワフスキが約束を守ってくれたことに感動した。ホテルに楽器がなかったので、ルトスワフスキが歌ってくれた。
新しい、素晴らしい作品に初めて出会うということは滅多にないこと。多くの人の手を経てきた作品は解釈が限定されて想像力(創造力?)の働く余地が無くなる。ルトスワフスキの作品は世界初演の作品だから、解釈の余地、自由があり過ぎて、作曲家の意図からはずれてしまうのではないかと不安だった。でもルトスワフスキは「私は書いただけ。あとは君が解釈しなさい」といってくれた。
過去の作品はよく研究されていて、我々はその曲についてよく知っているけれど、それゆえに可能性が狭まっているように思う。現代作曲家の場合はまず作曲家が生きているから本人にきけるし、可能性は無限大である。ある曲についての知識をたくさん持っていても、それが本当に正しいかどうかちゃんと見極めているだろうか?といつも自問している。
ある時、あるアーティストと議論になった。そのアーティストは私がバッハを弾く時にペダルを使うのが不満だったようだ。しかし、バッハは必ずしも特定の楽器のために曲を書いていたわけではない。彼はカンタータを毎週のように書いていたが、その時手に入る楽器、編成に合わせて作曲をしていた。バッハにとっては、どの楽器のために書くかということは、必ずしも重要ではなかった。
作品にはそれぞれの楽器の特徴が反映される。例えば元々ヴァイオリンに書かれた曲をピアノ用に編曲した場合、ビブラートをかけるようなことはしない。リストはパガニーニのカンパネルラをピアノ用に編曲したが、ヴァイオリンを模倣したわけではない。
チェンバロと現代のピアノとでは機構が全く異る。チェンバロ用に書かれたものをグランドピアノで弾くということは、そこでトランスクリプションが行われ、新たな次元が拓かれるということである。グランドピアノで弾く以上、ペダルと使わないのはおかしい。
この話がルトスワフスキとどう関係するのかというと。
ある特定の楽器のために作曲する場合、作曲家は自宅の、特定の楽器(一台の楽器)によって作曲をする。ルトスワフスキにスコアをもらっても、スコアの通りに弾くとしっくりこない部分が散見された。しかし、ルトスワフスキの自宅のピアノで引いたら彼の意図通りに弾けたのである。
2楽章の冒頭について、ルトスワフスキは「ウワっという音が欲しいんだ」といったが、記譜通りに引くと上手くいかない(楽譜通りに弾くとこう、でもルトスワフスキの意図はこう、等々、2楽章の冒頭を弾いてみせる)。でも、ルトスワフスキの自宅のピアノを弾くとちゃんとそういう効果が出て、曲を理解する上で助けとなった。
作曲家は自分が聴いている音を音楽にするから、作品に取り組む場合はどの楽器で作曲されたかを考えなければいけない。
長いので以下次号。
| 固定リンク
「Pianist: Krystian Zimerman」カテゴリの記事
- Happy Birthday Mr. Zimerman !!(2016.12.05)
- Happy Birthday Mr. Zimerman !!(2015.12.06)
- WEEKEND PIANO SERIES 休日に燦めくピアノの響き クリスチャン・ツィメルマン(2015.11.30)
- クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル (2015.11.30)
- クリスチャン・ツィメルマン ピアノ(2014.03.02)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
コメントのお返事どうも有り難うございます。illustratedのiが抜けとりました。失礼いたしました。携帯からなんですが老眼でよく見えません。トホホ…。
ツィメルマンは(と言うか音楽自体)最近遠ざかっていたので、ファン歴が長い…と言われるとそういう訳でもないんです。お恥ずかしいです。(#^.^#)
ツィメルマン、確か、楽器に凄くこだわりますよね。調律も自分でやっちゃいましたよね。(昔の情報ですみません。)青猫様のツィメルマン講演会の話を読んでてこういう経験が彼を楽器追究に目覚めさせたのかなあとか思いました。貴重なお話有難うございます。
昔の閉所恐怖症、虫恐怖症(ポーランドイラストレーテッドマガジンでの記事。めんどいのでカタカナで書いてしまいましたわ。)は治ったのかな?以前はそれで飛行機乗るのも嫌だったと聞いたけどそれと東京の事務所暮らしって関係あるのかしら(笑)
投稿: どりぽっぷ | 2008年11月14日 (金) 15:56
追伸です。大学の頃、もう一冊確かパースペクティブポロネーズと言うこれもどこからかの寄贈の雑誌があり、それにもツィメルマンの事が出ていたと思います。やはり英語の雑誌でした。何分私が大学の学生時代(音大ではないので専門的ではないです。すみません。)ですからもう何十年も前です。(私自身ツィメルマンよりちょい年下って感じです。だからまだショパンコンに優勝したての頃ですよね。)
初来日の時、銀座の山野楽器でサイン会開いたんですがその時サインして貰いました。若かったな〜(笑)。
あと大昔「兼高かおる世界の旅」(多分TBS。お母様にお聞きになって下さいネ。私ですら高校時代の時ですから。) って番組があったのですが、ポーランドの取材の時に、ショパンコンに優勝したばかりのツィメルマンと家族が取材されてた、と高校の時友達が言ってました。私は見てません。ザンネン!(でも不思議なのはあの方確か独りっ子さんですよね。なのに妹にピアノを教えてやってる所が映ってたってその友達が言ってたました。妹って何者?もしかして高校から付き合ってたマヤさん?)
私が彼のファンだったのはまだオヒゲをはやす前で、いろいろ青猫さんの方がおくわしいと思いますが、何かのお役にたてたら幸いです。
投稿: どりぽっぷ | 2008年11月14日 (金) 22:52
青猫さん、講演会リポート、tha~♪~nks! そしてKZ氏のコンチェルトまもなくですね。日本初演・・・良い演奏会になればいいですね!
投稿: ジゼル | 2008年11月17日 (月) 19:34
どりぽっぷさん
お返事遅くなりましてスミマセン。
ツィメルマンの楽器へのこだわりは半端ないですよね。ピアノといっしょに調律師さんも連れて歩いているようですが、ご本人も一通りできるようですね。子供の頃にちゃんとしたピアノがなくて部品も足りなくて、いろいろ自作したり改造してたのがそもそもの発端だったかと思います。
閉所恐怖症、虫恐怖症は初耳です~。
閉所恐怖症、音楽家なんて密室で一人でずっと練習してるイメージがあるので、ちょっと意外な感じもします。
ううむ、日本で夏、蚊とゴキに悩まされたりしたら一気に日本が嫌になりそう……。湿気と猛暑に辟易なんてのも嫌なんで、気候を選んで来日していただきたいものです。
飛行機嫌いは治ったといってたような記憶があります。でも、割と最近、飛行機よりは陸路の方が…みたいなことは言ってました(飛行機は待ち時間が効率悪くて、、、とかそんな感じだったような。実はまだ嫌い?(笑))。
ツィメルマン家の取材、うわ、それは見てみたいですね~。お父上のピアノも聴いてみたいです。
でも確かツィメルマンさんは一人息子さんだったと思うので、「妹」は謎ですねぇ。。。親戚のお嬢さんとか?でもマヤさんだったら妹に見えないこともないかな?お若い頃の写真しか見たことありませんが、可愛らしい感じの方ですよね。
それはさておき、若ツィメルマンにピアノを教えてもらえるなんて素敵♪
私はリアルタイムではあまり何も知らないので(ファン暦浅いので)、どりぽっぷさんのお話はとっても貴重です~。ありがとうございます♪
投稿: 青猫 | 2008年11月19日 (水) 00:57
ジゼルさん
ツィメルマンさんの口調は適当に脳内補完してお読み下さいませね。相変わらず、素敵な紳士でございました。。。
いよいよですねぇ。KZの協奏曲、、、どんな感じなんでしょうね。ドキドキワクワクです。今週いらっしゃる方はどうぞ楽しんで来てくださいね~(私は今週は仕事…(T_T)。いいもんいいもん、ちゃんと2回は行けそうだから)。
投稿: 青猫 | 2008年11月19日 (水) 01:03