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2010年10月20日 (水)

第16回ショパン・コンクール、というかむしろIngolf Wunder

最近とみに本業が忙しくて、とにかくまとまった文章を書く(頭を使う)気力がわきませんで、ブログ放置状態で失礼いたしました。
まぁもちろん、仕事だけしてるわけでは全くないんですが、明らかにオーバーワーク気味なのに、いつもと全く同じペースで遊ぼうとするから惨いことになるんですよね。。。

それはともかく。

日中寝不足っていうのは甚だしくマズイんですが、困ったことに、現在、第16回ショパン・コンクールが佳境なんでございますよ(佳境というか、今日の深夜が最終日)。
ショパン・コンクールはネットストリーミングで中継を見られ、またアーカイヴ機能もあるので、基本的に夜中に生中継を聴いて、聴けなかったものは昼間(か夜の中継の合間に)、聴き直す、ということが可能なんですね。
おかげで、コンクール期間、ひたっすらショパンを聴き続けておりました。
本選だけだったら10人ですから、協奏曲を10回聴けばすむんですが、予選からとなると、結構耐久レースです。
さすがに、1次予選から全員聴くなんていうことはしませんでしたが。

最初は、これはっていうショパンになかなか出会えないなぁって思ってたんですよね。
ほら、何しろ私のスタンダードって、アレですから。
別にわざわざ比較するつもりは毛頭無いんですけど、やっぱり無意識的にねぇ、なんだかんだとあったりなかったりするわけですよ。

そんなわけで、始まってしばらくは、楽しみつつも、割と冷静というかシビアに見ていたんですが(私が比較的苦手とするロシア系ピアニストが多かったことも一因)、心に引っかかるピアニストが誰もいなかったかというとそんなこともなく。
2次くらいからかなぁ、オーストリアの、Ingolf Wunder(インゴルフ・ヴンダー) というピアニストがなかなか良いぞ、と思い(1次のバラ4なんかも印象は良かった)、3次はかなり一生懸命聴いたんですが、今回必須課題曲になった幻想ポロネーズで涙し、8割がたノックアウトされてしまいました。
そして、昨日(というか今朝だ・・・・・・)、ドキドキワクワクしながら聴いた本選の協奏曲で、すっかり惚れ込んでしまったのでした。
大興奮のあまり中継が終わった後も全く眠れず、頭に血が上りきったまま仕事に行ったという。
ああもう、なんだかアホすぎる。

Ingolf 君の演奏には、(オーストリア出身という先入観はあると思いますが)ウィーン宮廷を彷彿させる貴族的洗練と上手さ、シャープすぎない典雅さやまろやかさがあるのですよね。
でも軟弱、柔弱な音楽かというとそんなことはなくて、色々経験して強く、優しくなりました、という包容力と風格をたたえた演奏。一つ一つの表現がとても丁寧で、歌心たっぷりながら、変にこねくりまわさない素直さと、音楽に対する誠実さが感じられるのも好印象です。

そうだな、ベーゼンドルファーあたりでシューベルト、ベートーヴェンなんかも似合いそうですね。

VIDEO ARCHIVE
こちらのショパン・コンクール公式サイトのVideo Archiveにて、一次から本選まで全部の演奏を見ることができます(公式サイトには他のコンテスタントの演奏も網羅されています)。

今回、優秀なコンテスタントはいるけれど、圧倒的に飛びぬけた人がいなくて(某優勝候補は、ショパン弾きとしては私の好みでは全くなく)、正直、1位無しで良いんじゃね?くらいの気分でした。
それが、Ingolf 君の3次の幻想ポロネーズを聴いたら、これがまた演歌ではないのに不思議と泣かせる演奏でして、こういう(表現的な)難曲をここまで説得力をもって聴かせることのできる人に、是非とも勝って欲しいなぁなどと思い始めまして。
まぁでも、ちょっとインパクトに欠けるかなぁ無理かなぁ、もっと派手なのもいるしなぁなどと、かなりグルグルしておりました。

本選の協奏曲が超絶に素晴らしければ、あるいは可能性があるかも、、、とも思っていたのですが、こればっかりは、予選の段階では全く予測がつかないのですよね(若い人は大体オケと合わせる機会が少ないので、経験不足ゆえに大崩れする例もあったりするため、予選の印象だけでは図りがたい部分がある)。
そんなわけで、期待半分不安半分で、今朝(早朝)の本選ストリーミングに挑んだ私でしたが、Ingolf 君の協奏曲1番を聴いたら、「あ、もう、今回の(私の)ショパコンはこれでおしまいでもいいや」って思ってしまいました。
ホント清々しいくらいに。

要するに、超絶に素晴らしかった。

このタフなコンクールを予選から本選まで勝ち進むのがどれだけ過酷か、、、数々のコンクール猛者たちが容赦なく落とされて次のステージに進むことができないのを見ていれば、なんとなく想像はつくってものです。
だから、本選ともなれば、それはもう壮絶なプレッシャーがかかることでしょう。
優勝、入賞という文字が目の前にちらついて、いろいろと欲が出るかもしれない。
Ingolf 君って、前回の2005年のショパン・コンクールにも出ていたんですね。
当時は本選には進めなかったから、今回は満を持して、ということでもあったでしょう。
そういう状況で、力むな、というほうが無理だし、緊張して、固くなって当然。

だけど、このIngolf 君ときたら、、、本当に、無私というか無欲というか、目の前にある音楽だけに心を向けて、真摯に音を紡いでいたのではないかと思うのです。
胸が痛くなるような切なさいっぱいの第1楽章を経て、2楽章くらいからなにか一皮むけたような感じ。
そして、3楽章がもんのすごかった。
まるで大輪の花が開いたような、いや違うな、新たな世界に足を踏み入れたような、というべきか。
練習通りに弾けてるというよりも、練習よりもよく弾けてたんじゃないの?ってくらいすごかった(練習がどんなかを知ってるわけではないけれど、練習であれだけのハイテンションで弾かないような気がする)。
とにかく、この3楽章は、Ingolf 君、ピアノを弾くのが楽しくて楽しくて仕方がないという感じでした。
私は、このショパン・コンクールの本選という大舞台で、こんなに嬉しそうに、幸せそうにピアノを弾く人がいるのか・・・!と驚愕し、大変陳腐な表現ではありますが、心底感動し、猛烈な幸福感に包まれてしまったのでした。
Ingolf 君、協奏曲1番に対する好き好きオーラもダダ漏れ状態で、いやあの分かったからさ、そんなに幸せそうに笑み崩れるなよー、、、と思わず突っ込みを入れてしまったほど(7分58分あたりとか、どう考えてもデレデレし過ぎではないかと思う・・・)。
これでもし腕が悪かったら話になりませんが、まぁ快演も快演、ノリにのってて跳ねるは弾むは、しかも決めるべきところは気持ち良いくらいに決まるは、鮮やかなことといったらありません。
最後のしめも、文句無しのパーフェクトでしたね。
何かが憑いてた、という風にいえるかもしれないけれど、それよりはむしろ、音楽の女神の加護を受けながらも、自力で階段を上ってドアを開けた、そんな印象でしたかしら。

もうね、コンクールの演奏じゃなかったですよ。
音楽の神様に愛されて、背中に羽が生えちゃったな、という感じ。
まだ演奏の終わってないコンテスタントも3名ばかりいるし、当然、順位とか色々あるんですけど、これだけの演奏をされちゃったら、諸々のことがどうでも良くなります。
なんだか憑き物が落ちてしまったような気分です。

ライヴで聴けて、あの瞬間に立ち会えて、本当に本当に幸せでした。
Ingolf君、ありがとう!
12月と1月、日本に来てくれるのを楽しみに待ちます(まぁ12月に来るためには優勝必須なんで、そういう意味では是非とも勝っていただきたいのですが・・・)。


本日の本選はこちらからどんぞ。
Online Broadcasting
ショパン・コンクール最終日です。
私も夜更かし頑張ろう。

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Pianist: Ingolf Wunder」カテゴリの記事

コメント

Ingolf Wunderを検索していて こちらに来ました。

青猫さん、はじめまして。
mimosaといいます。宜しくお願い致します。

Ingolf 君について書いてらっしゃること すごく共感しながら拝見しました。
本当に あの大舞台で ものすご~く幸せそうに演奏してましたよね!
彼が心から音楽を楽しんでいるので
聴いてるこちらまで楽しく幸せな気持になりました。
彼のこれからの活躍に期待したいです♪

青猫さんはツィメルマンさんのコンサートにも 随分いらっしゃっているんですね!!
羨ましいです~!
とても興味深く拝見させていただきました。

投稿: mimosa | 2010年10月27日 (水) 23:26

mimosaさん

初めまして。
コメントありがとうございました!

インゴルフは惜しかったですね。
でも、さすがの協奏曲賞と幻想ポロネーズ賞でした!(まー、当然よね←偉そう)
数々の素晴らしい演奏、日本でもすごくファンが増えたんじゃないかと思います。

ストリーミングを見ていて、あまり楽しくなさそうに弾いている人も多かったんですよね。
もちろんコンクールで余裕が無いっていうのはすごく分かるんですけれど、この人、ショパンのことどう思ってるんだろう?、そもそも音楽が好きなのかな?などと思ってしまうコンテスタントもチラホラ。。。

そういう意味では、インゴルフの本選の演奏は、色んな邪念が吹っ飛んだであろう状態で、音楽への愛、演奏することの喜びを非常にストレートに見せて、聴かせてくれたのだと思います。

個人的な好みなんですが、私は、「こんなにこの曲のことが好きなんだ、こんなに素晴らしい曲なんだ、聴いて聴いて!」という演奏が好きなので(ツィメルマンがこのタイプ)、インゴルフ、本当に良かったです。


ツィメルマン行脚は、、、本当にお恥ずかしいんですが(汗)、まぁツィメルマンさんもしばらくお休みなので、私も通常モードに戻ります~。

投稿: 青猫 | 2010年10月28日 (木) 01:51

私もIngolf Wunderを検索してこちらに来ました。

昨秋、私は幸運にも用事があったお蔭で、
ショパンコンクールの時期にポーランドに行けました。
チケットは手に入らなかったのであきらめていました。
でも、せめて雰囲気だけでも味わいたいと、コンクール会場に足を運びました。
チケット窓口に並んでいる方に尋ねたら、当日券購入のためでした。
2次予選までは早くから並べば当日券が買えると知って、大喜び!
空き時間がある日は会場に足を運び6回聴くことができました。
最も印象に残ったのがIngolf Wunderでした。
ある日、2階の審査員席より少し後に彼らしき方が座っているのを見つけました。
プログラムを片手に近づいて、「Are you ...」と彼のページの写真を指さすと、
「Yes」と優しい笑顔でした。
私がサインをねだりたい気持ちはお見通しでした。
私の名前を聞いて、ご自分のサインの上に「To Hanako」と書いてくださいました。
コンクール中なのに、とても穏やかでした。
お人柄が温厚そうでしたし、余裕がおありなのですね。
帰国後、優勝を願って実況中継を聴いていました。
結果は残念!
前回の挑戦からの5年間後の再挑戦でしたから、
ご本人はさぞかし無念だったことでしょう。
コンクール後、私は納得が行かなかったので、
ネットで共感できる方を探していました。
その時に青猫さんのサイトを見つけました。
今日お便りするのは、
彼について良い書評が掲載されているサイトを見つけたからです。
バンクーバーのショパンソサエティーのコンサート案内のページです。
アドレス:http://chopinsociety.org/ingolf-wunder.html
同じサイトのブログ内に、ショパコン開催中の記事がありますが、
そのページにもIngolf Wunder を褒めている記事がありました。
英文ですけれど、お得意のようですからお楽しみただけると思います。
既にご存知でしたら、ごめんなさい。
N協との演奏は実現しませんでしたけれど、
東京でのガラコンサートまで1週間となりました。
2日目のプログラムは、彼が最後にコンチェルトを演奏しますね。
とても楽しみにしています。

投稿: Hanako | 2011年1月15日 (土) 10:06

Hanakoさん

初めまして、コメントありがとうございました。
お返事遅くなり、申し訳ありません。
ここしばらく、就職以来最大級の繁忙期でしっちゃかめっちゃかだったので・・・。
そんなわけで、ご紹介いただいたサイト、まだ未読ですが、そろそろ時間ができてきたので、じっくり読ませていただきますね。

Hanakoさんは、ショパンコンクールを生で聴かれたのですね。
Ingolfとも直接お話なさったとのこと、羨ましいです。
演奏を聴いても思うのですが、人柄、良さそうですよね(^_^)。
色々と臨場感のあるレポート、ありがとうございました。

結果は、残念でしたね。
コンクールのサイトを見ると、各審査員がつけた順位点が出てますが、本当に惜しかった~!!
彼に1位につけている審査員も結構いたのですよね。
本当に僅差だっただけに、本人も悔しかっただろうなぁと思いますし、負けたとは思ってないんじゃないでしょうか。。。

まぁでも、私は、コンクールからしばらくたって、案外、2位という位置は悪くなかったかも、なんて思ったりもします。
ネットを通じて、彼の音楽を大事に思うファンはいっぱいいますし、同情票(笑)も集まってるでしょうし、色々なレパートリーを勉強するには、ヘタにショパコン優勝者の肩書きを背負わない方が良いのかなぁ、、、なんて。

日曜日にガラコンに行きましたが、Ingolfは、(そりゃ勝てればそれにこしたことは無かったでしょうけれど)優勝の肩書きがあってもなくても、人の心を掴んでしまうよなーと感心してしまいました。音楽や、指揮者、オケとコミュニケーションがしっかり取れて、華もスター性もあるし、舞台に立つ人間に大事なものがいっぱい備わっているなぁと。なので、2位だったからといって、彼の今後のキャリアについて心配することも無いような気がいたします(^_^)。

次の来日が楽しみですね。

投稿: 青猫 | 2011年1月25日 (火) 03:15

お返事ありがとうございます。Ingolf Wunderさんの22日の幻想ポロネーズにも23日のコンチェルトにも感動!アンコール1曲目のマズルカの終わりに君が代の旋律があり、ポーランドと日本の親善大使のようで嬉しかったです。2曲目は「あれ?」って思いながら聴いていました。後でヴォロドス編<トルコ行進曲>と知りました。出だしのところで「彼のモーツアルトが聴ける」という喜びが大きかったので、オリジナルを聴きたい気持が残りました。夫もIngolfファンになり、心の底から最大ボリュームで「ブラボー!」と叫んでいました。聴衆から万雷の拍手をあびて、最後はあたかも彼のソロコンサートようでしたね。
コンクール直後の演奏活動については圧倒的に一位の方が有利ですけれど、彼は二位でも将来のキャリアには影響なさそうですね。アシュケナージも二位でしたけれど、息長く活躍する国際的なアーチストになりましたものね。
ショパンコンクールはレベルが高く大変な試練だったことでしょう。
挑戦者の皆様に栄光あれ!

投稿: Hanako | 2011年1月25日 (火) 17:14

Hanakoさん

オーチャード、両日いらっしゃったのですね。
私は22日がどうしても無理で、23日だけになってしまったのですが、幻想ポロネーズ、聴きたかったなぁ。
幻想ポロネーズは、あまり数を聴いてないってこともあるのですが、インゴルフのショパンコンクールの演奏がマイフェイバリットです。

インゴルフもしばらくはショパンをたくさん弾くことになるでしょうけれど(もしかしたら、ショパン弾きとしては1位の人よりも需要があるかも)、そのうち、モーツァルトやベートーヴェン、その他色々な作曲家の曲を聴かせて欲しいです。
トルコ行進曲も、普通バージョンで聴いてみたいですね(笑)。

今回のショパンコンクールは飛びぬけた人がいなかったかわりに、入賞者のレベルはとても高かったですね。
生で聴いた印象では、インゴルフと2位を分け合ったルーカスも大器という感じで、すっかりファンになってしまいました。
コンクールは、コンサート契約も録音契約も1位とそれ以外では雲泥の差が、みたいな話もきかないわけではないのですが、今回の場合、1位以外のコンテスタントたちも、今後、国際的な舞台で活躍していくんだろうな、と思わせる人ばかりでしたね。
末永く応援したいと思います(^_^)。

投稿: 青猫 | 2011年2月 2日 (水) 02:15

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