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2013年12月

2013年12月15日 (日)

ちょっとした近況

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雑雑とした呟きとか、仕事の愚痴とか、後に残したらマズイだろうなという壊れた叫びとか、そういうコーナーです。
従って、ここで書いた内容は、保存はせず内容は日替わり、コメントも受付しません。
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シュタイアーのレビューは断念。

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2013年12月15日 (日)

クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル
2013年12月12日(木)19:00開演 横浜みなとみらいホール

<プログラム>
ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 作品109
ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 作品110
ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 作品111

ツィメルマンさん、急性腰痛症とのことで11月と12月頭の日本公演はキャンセル(延期)が発表され、12月6日の三原公演はやるはずだったけど結局前日にキャンセル(延期)になり、10日の福岡公演から当初のスケジュール通りに開催、首都圏は12日のみなとみらいが一発目ということになりました。

今回の腰痛&キャンセル(延期)騒ぎには大分ヤキモキしましたが、まぁ演奏家も人間なので仕方がないというか、色々出てくるお年頃ですよねぇ。
とりあえずは、無事に開催されたことを祝うとしましょう。

福岡公演では一曲ごとに休憩を入れていたようですが、この日は通常モードで休憩一回でした。
今回、ステージ上を歩く姿を見る限りは、比較的速足でしゃきしゃき歩いていて元気そうに見えましたが、実際はどうなのかなぁ。。。

椅子はいつぞやの斜めバージョンではなく、普通の椅子でした。
楽譜は有りでしたが、譜面たてはたてず、寝かせておいて、必要に応じて覗き込むような感じ。
まぁ、楽譜をみっちり見てるという感じではなかったんですが、それなりには見てはいたので、無理せずに譜面たて使ったら?と思ってしまいましたが。
左手は指無し手袋みたいなもの(サポーター?)をしてて、こちらも結構心配。

一曲目の30番。
柔和で自然な流れの中に時折ブレスの深いタメも効かせていて、とても抒情的な演奏でした。
スコンと抜けの良い高音が清新で瑞々しく、音楽の純度の高さを象徴するかのように響きました。
祈りのように響く部分と、確信に満ちた力強い表現との対比も見事だったと思います。
特にフーガは毅然としていて、さすが、という感じ。
全部聴き終わって改めて振り返ると、実に美しく完結した世界であったなぁと。

他方、31番、32番には粗さが散見されました。
腰痛のせいかもしれないし(現在進行形で痛いのかもしれないし)、腰痛のせいで十分に準備ができなかったのかもしれないし、左手のせいかもしれませんが、理由は分かりません。
ミスタッチ自体は多少はどうということは無いんですが、時々フレーズごともつれてヒヤっとさせられました。
楽譜を見ながら弾いてるな、という感じも全体的に。
あと、楽譜を見てるせいなのかもしれませんが、わずかではありますが万遍なく緩みが感じられました。
ギュッとしまった、ガッチリ構築的なベートーヴェンという感じではないというか。
どこか綻びを抱えたリアルな世界が現前しているような印象もありましたが、それは意図的なことなのかもしれないし、結果的にそうなってしまったのかもしれないし。
特に32番は、何かの制作過程を見ているような、一種の生々しさがあり、4年前に聴いた32番とは別物のように感じました。

もしかしたら、ベートーヴェンの後期作品というのは、綺麗に輪が閉じ切って一つの世界として完結した演奏というのは、違うのかもしれない、ともツラツラ。
もっと、曲の枠組みを音楽が超克していくような、そういう自由さや軽やかさのある、開かれた音楽なのかも、などと。

ううん、後を引くなぁ。
困った。
あと数回は聴く予定なので、もうちょっと考えたいと思います。
ツィメルマンの演奏もまた変わるかもしれないし。

コンサートはアンコール無しで、20時40分頃終演。
体調が万全でも、アンコールは無しだったかも。


復習にツィメルマンのインタビューをば。
クリスチャン・ツィメルマン、ベートーヴェン後期三大ソナタへの挑戦 Ⅰ
クリスチャン・ツィメルマン、ベートーヴェン後期三大ソナタへの挑戦 Ⅱ
クリスチャン・ツィメルマン、ベートーヴェン後期三大ソナタへの挑戦 Ⅲ

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ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団

ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団
2013年11月19日(火) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール

アンドリス・ネルソンス Andris Nelsons (指揮・音楽監督/Conductor, Music Director)
エレーヌ・グリモー Hélène Grimaud (ピアノ/Piano)
バーミンガム市交響楽団 City of Birmingham Symphony Orchestra

<プログラム>
ベートーヴェン:バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15 (ピアノ:エレーヌ・グリモー)
アンコール
ラフマニノフ:絵画的練習〈音の絵〉Op.33より第2番ハ長調
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ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 作品98
アンコール
エルガー:朝の歌


ちょうどベルリンフィルやコンセルトヘボウと来日時期が重なったこともあってか(11月はパリ管もウィーンフィルも来たし)、チケットセールスに苦戦していたようで特チケが出まして、お安いA席(左バルコニー前方)で聴いてきました。
蓋を開けてみたら、平日の割には善戦したという感じでしょうか(8割~9割?)。

こんなにお安くて良かったのかしら~、もう大満足!
パリ管もコンセルトヘボウも行きたかったけど諸般の都合で行けなくてしょんぼりしていたんですが、コレ聴けたからもう良いだろ、と。
個人的には、今年のコスパ最高公演。
オケのグレードとしては上の超一流オケには及ばないところもあるでしょうが、とにかくネルソンス凄いよ、ネルソンス。
っていうか、ネルソンスを聴きにヨーロッパまで行っても良いです、私。

ネルソンス、そういえば、2010年にVPOで来てたな(私がサロネンに振られた時だ……)、誰それって思ったんだよね、というくらいの認識しかなくて、ネットラジオのコンサート中継でちょこっと聴いたくらい。
若くてイケメンの爽やか系俊英指揮者か?と思っていましたが、良い意味で期待を裏切られました。

ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」は、見たことも聴いたこともナッシングな曲でしたが(すみません)、開始10秒後には、すでにネルソンスを好きになっていたという。
いや、もうはじめの音が鳴った瞬間に、一目惚れ状態だったかも。
一気に心臓鷲掴みでしたわー。
若い(1978年生まれ)だけあってフレッシュですが、音に厚みがあります。
よく整いつつも決して大人しいわけではなく、むしろポジティヴなパワーに満ちていて、ワクワクさせるんですよね。
このワクワクさせる、というところが、ネルソンスの最大の魅力かもしれません。

ブラームスのピアノ協奏曲第1番は、1楽章はややまったりしたテンポのように感じましたが、ネルソンスの見事な手綱さばきで終始緊張感をキープ。
とにかく重厚でガッチリとした印象の曲ですが、鈍重にならず、ダイナミックで劇的な表現の合間に顔をのぞかせる情感豊かな旋律がとても美しく響きました。
ブラームス特有のロマンティシズムが美麗な旋律にのってとてもよく伝わってきて、うっとりしてしまう瞬間が何度もありました。
ネルソンスは旋律を流れるように、横方向に歌わせるのが抜群に上手い、という印象。

さてピアノはというと。
実は、この曲は生で聴くとピアノが埋もれるのではないか?という懸念があったんですが、ステージに近かったこともあって、そこそこちゃんと聞こえてきました。
ただ、グリモーのピアノは、この曲にはやや線が細いでしょうかね。
オケとの一体感はあり、2楽章は音楽性豊かで良かったんですが、個人的には、ブラP協1番は音楽的に重厚で構築的、生硬なところもあるので、もうちょっと堅牢なピアニズムであってほしいなと。
まぁこの辺は好みの問題であろうと思います。

後半のブラ4では、思ったよりも落ち着いたテンポで実に丁寧に音楽を紡ぎ、若さに似合わぬ老練の手管を見せつつ、時にアグレッシヴに、俊敏に、果敢に音楽に挑んでいるように見えました。
寄せては返す波のようなグルーヴ感のある歌いっぷりには脱帽するのみ。
まさに大波小波が交互に押し寄せるような感じで、音楽に体ごともってかれるような、あるいは波にさらわれるような、もはや「体験」としか言いようがないものでありました。

そして、ネルソンスはオケを豪快に鳴らし時に熱く煽り、クライマックスに向けて盛り上げますが、決して勢い任せなところはなく、むしろ随所に細やかで丁寧な構築の痕を窺わせます。
指揮者の曲に対する愛情、音楽に対するひたむきさや誠実さが迫ってきて、これまた感動的。

ブラームスのピアノ協奏曲第1番(若書き)とブラ4(円熟期)が並びましたが、どちらもパワーとスケールを保ちつつ、旋律の美しさと音楽の脈動を感じさせる演奏であったと思います。

アンコールは、熱い客席に応えてネルソンスが英語でご挨拶し、曲名を告げた後にヴィオリストを前に押し出し、彼が日本語で重ねてお礼、という流れでした。
ネルソンス、大サーヴィス?
演奏されたエルガー、オケにとってはお国モノということもあるでしょうが、弦の響きが柔らかくて絶品!でした。

ネルソンス、総じて弦の歌わせ方が絶妙に素晴らしかったです。
流麗というか有機的というか。
RCOやバイエルンあたりで是非聴いてみたいものです。
あとは音楽にとにかく誠実に、誠心誠意向かい合っている人の良さだろうと思いますが、音楽がストレートにこちらに飛び込んでくる、本当に細胞レベルに訴えかけるような感じが何ともいえず心地良かったです。
あと、音が終始ポジティヴ光線を放っているというか、常に柔らかい光を帯びているような感じがあり、聴いている間の幸福感ときたらなかったです。
聴いていてとにかく気持ちが良く、ワクワクしてハッピーになれる、そんなコンサートでした。

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2013年12月14日 (土)

内田光子 ピアノ・リサイタル

内田光子 ピアノ・リサイタル
2013年11月5日[火]19:00開演 水戸芸術館

<プログラム>
J.S.バッハ:〈平均律クラヴィーア曲集 第2巻〉から第1番 ハ長調 BWV870、第14番 嬰ヘ短調 BWV883
シェーンベルク:6つの小さなピアノ曲 作品19
シューマン:森の情景 作品82
シューマン:ピアノ・ソナタ 第2番 ト短調 作品22
シューマン:暁の歌 作品133
アンコール
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2 〈月光〉 より 第1楽章


バッハの平均律2番1番は響きがやや朴訥で、14番とのタッチの対比が際立つ演奏。
シェーンベルクは繊細を極め、調性を失った後に広がる、全く別種の美しく緊張感に満ちた音の風景が広がっていました。
とても聴き応えのある演奏でした。
シューマンは、時に力強く、時に神秘的に、透明感と共に森の情景を描写。
シューマンが思い描いたのは(当然)ドイツの森なんだろうけれど、ドイツの黒い森というよりは、日本の森なんじゃないかなぁ。
それも樹海とかではなくて、私は連想したのは、京都の糺の森。

余談ですが、シューマンのソナタの第二楽章で時計のアラームを長々と鳴らした人がいまして。
まぁそれ自体は珍しいことではないんですけど、アラームが鳴ったのが私の席の近くで、弾きながら内田さんがこっちを向いたんですよね。
「だーれーだー」というよりもむしろ「うらめしや~」という感じで、ほとんどなんとか怪談のようでした……。

シューマンのソナタ2番はサントリーの感想で色々書いたので詳細は割愛しますが、4楽章の盛り上がりは見事でした。
続く「暁の歌」はソナタの興奮を鎮めるかのようにじっくりと演奏されました。
随所に光彩が宿っていて、精神の昇華を静かに見守るような気分で聴いておりました。
精神を病む直前の束の間の安寧とみるか、これをもって永遠への旅立ちとみなすか。
いずれにせよ切ない気分にさせられますが、たとえ一瞬でも、このような音楽を生み出すひと時があったということは晩年のシューマンにおいて幸せなことではなかったかと思ったりもしました。

アンコールはまさかの「月光」ソナタ一楽章。
仄暗い月光に身を浸すような体験でありました。

内田さん、60代半ばですが、年齢よりもお若い感じだな。
風貌もですが(笑うと少女のよう)、演奏も。
これくらいの年齢になると、晩年様式に突入という方も多いと思いますが、内田さんは違う。
弛まず緩まず、本当に強靭でいらっしゃると感じました。

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内田光子ピアノ・リサイタル

内田光子ピアノ・リサイタル
2013年11月3日(日・祝) 19:00 開演  サントリーホール

<プログラム>
モーツァルト: ピアノ・ソナタ ヘ長調 K332
モーツァルト: アダージョ ロ短調 K540
シューマン: ピアノ・ソナタ第2番 ト短調 op. 22
シューベルト: ピアノ・ソナタ ト長調 D894

アンコール
J.S.バッハ:フランス組曲第5番よりサラバンド

光子さんのコンサートは、いつも私が行くコンサートとはちょっと客層が違いますなぁ。
ピアノ好きが集結するというよりも、もう少し幅がある感じというか。
皆さんの身なりも総じて良くて華やかな雰囲気ですね。
この日は皇后陛下もご臨席でした。

さて、前半はモーツァルトとシューマン。
一曲目はクリスプなモーツァルト。
明晰であると同時にたおやかな印象もあり、よくコントロールされた疾走感も備えた集中度の高い演奏でした。
アダージョK540は、冒頭の極小のピアニシモに続く抑制のきいた表現には緊張感が漂い、能を連想してしまいました。
音もなく動いていく、お能のすり足のような音楽、というとちょっと変でしょうかね。
ところどころで抑制し切れない感情がこぼれ出てくるようなところもあり、昏い情感が見え隠れする様は、どこかモノローグのようでもありました。
シューマンのソナタ第2番は、作曲家の分裂気味の、何ものかに引き裂かれているかのような精神が浮き彫りに。
なんだかハリネズミの七転八倒みたいだなぁと。
ハリネズミが暴れると非常にはた迷惑であろうと思うんですけど、、自分だけじゃなくて他者も傷つけるような、そんな精神の有り様が見えるような演奏だったと思います。
あるいは、方向の定まらない乗り物に乗っているような、実に不穏な音楽。
一楽章は焦燥に満ちていて、まるで坂道を転がり落ちるかのようでもあり、はっきりいって聴いててシンドイ感じでしたが、二楽章は一転して夢のようなたゆたいや水面を静かに進むような美しさがありました。
三楽章は諧謔の中にどこか人を不安にさせるようなところも。
四楽章の急と緩の分裂っぷりと、冒頭からいきなりクライマックス状態だったのに、後半、ラストに向けてまだテンションあげるの?!という巻き具合はシューマンの真骨頂だったのではないかと思います。
シューマンの音楽は、精神が肉体という檻から離れようとして、そこにいかんともしがたい葛藤や齟齬が生まれる、あるいは軋みが生じる、そんな風にも聞こえました。
はー、シューマンはなかなかくたびれますね。
まぁ、シューマンに関しては精神的にくたびれる演奏=良い演奏なんだろうと思いますが。

後半のシューベルトの幻想ソナタD894は、ただただ至福の時間でした。
胸がいっぱいで言葉にならない。
何というシューベルトなんでしょう。
冒頭からじんわり目頭が熱くなり、うるうる状態が最後まで続きました。
永遠に終わらないで欲しい、と真剣に思ったのは久しぶり。

シューマンの音楽が、肉体に対する精神やイマジネーションの超越を感じさせるのに対し、シューベルトの音楽は、もちろんファンタジーの飛翔というのはあるのだけれど、両手を広げた範囲内に収まるような雰囲気があり、むしろ作曲家の身体性みたいなものを意識させるような気がいたしました。
シューベルトの音楽を天上的という人もいるし、もちろんそう思う瞬間は多々あるんだけど、本質的には身の丈サイズの、非常に人間的な音楽ではないかと。
それでいて、どこか悟りの世界のようでもあり。
こういう、温もりのある聖性を帯びる音楽は、内田さんにことの他合っているのだと思いました。

アンコールのバッハもそれはもう繊細を極めた演奏で素晴らしかったです。

ルプーに続き、良いシューベルトを聴けて幸せ。
年を取ったのか、最近シューベルトを聴いてしみじみすることが多くなってきました。
まぁそれも良し。

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2013年12月 5日 (木)

Happy birthday!! Mr. Zimerman

Happy Birthday!!!
I hope that today is the beginning of another wonderful year for you.

今日はツィメルマンさんの57歳のお誕生日。
健康で良き一年をお過ごしください。

来週、みなとみらいで無事なお姿を拝見できますように……。

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