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2014年2月 2日 (日)

クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

2014年01月20日(月) 19時開演 サントリーホール
公式サイト
<プログラム>
ベートーヴェン後期3大ソナタ
ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 作品109
ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 作品110
ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 作品111

この日、いつもの開演前のツィメルマンさんの「録音しないでね」メッセージ代読を聞き流していたら、「アバドの思い出に」という言葉を漏れ聴いて、え?と。
アバド、ハンブルクで一度聴きました。
Claudio Abbado R.I.P.


さて、ツィメルマン@サントリー。
サントリーにきっと照準を合わせているんでしょうね、とは思ってはいましたが、もうもう凄かったですわ。
今回のツアー、これまで3回聴いてきて、公演ごとに階段を上がるように良くなっている印象でしたが、今回は全く次元が違いました。
ただただ音楽に身を浸す以外のことが罪悪であるような、目の前の音楽を言葉で形容するのが空しくなるような、まさにbeyond wordsな演奏だったと思います。

今回の演奏、私のキャパシティをややオーバーしまして(前半が終わった段階で気持ち悪くなった…)、どうにも上手く言葉にならないんですが、30番も31番も別世界に入っていたような。
別次元というか、それとも入魂、というべきでしょうか。
ツィメルマンさんの、一曲弾き終わって一瞬放心するような表情、今回のツアーでは初めて見たような気がします。

この日の演奏は終始エモーショナルで、とてもロマン主義的だったと思います。
最初、30番の、丁寧で一歩一歩噛みしめるような音の運びに、一瞬、今日は安全運転モードか?と思ったけれど、決してそうではなく。
一音一音への気持ちの入りようが違ったのではないかと思います。
本人の冒頭のメッセージにあったように、今日亡くなったアバド追悼の気持ちも多分に演奏に反映していたことでしょう。
ツィメルマンが東京でアバドの訃報を聞いて、その夜に私たちは特別な思いの込められた演奏を聴く。
不思議な縁というか、演奏って本当に一期一会だな、としみじみ。

常日頃、ピアノを聴く上でサントリーの音響って必ずしも最善ではないと思っているんですが(基本的にピアノには風呂場過ぎる)、今日は響きがひたすら神々しかったです。
ウェットでもドライでもなく、旨味が乗りすぎていない、それでいて素っ気なくない、えもいわれぬ響きでした。

個人的に一番ドキドキしながら迎えた32番。
いやはや、すごいところに行っちゃったな。
今回は、12月からこっちツィメルマンさんの登山(ベートーヴェン後期ソナタ登頂)に(僭越な物言いながら)ご一緒している気分でしたが、ここで登頂ではなくて、一気に雲上に行かれてしまったというか。
(みなとみらいの32番で、本当にぴくりとも心が動かなかったのが嘘のよーであることよ。。。)

冒頭でいっつもいっつも(ミスるというか引っかけるというかで)アレだった箇所も今日は無事クリアしてまして、良かった良かった。

壮絶で、切実でもあった32番。
ギリギリまで自己を追い込むような(out of control一歩手前か?)、そして魂の深いところにガツンと楔を打ち込むような演奏。
2楽章の冒頭の緩徐部分でもメロディが表面を揺蕩うのではなく、一つ一つの音が静かに深部に到達していきます。

聴けて、あの場にいられて本当に幸せだったと思います。
終演後のロビーで、「今日のこの演奏だけ聴いた人がニクイ!」などと叫んでいた私ですが、12月からこっちのモヤモヤがあったからこその達成感、感動もひとしお、という面もたぶんにあったと思いますので、まぁ結果オーライでしょう。

ホント、これだからコンサート通いはやめられません。

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