カテゴリー「Piano」の27件の記事

2014年5月12日 (月)

How to Meet Musicians

These days, thankfully, a lot of classical music concerts given in Europe or the United States are broadcasted direct from concert halls via the Internet or webcasted as recorded radio show, by streaming or on-demand.
So, for me, the ways of listening to music and meeting new musicians have been changing.

Before I started to listen to concerts live on the Internet, CDs generally brought me a first opportunity for access to the performers whom I was interested in.
However, the biggest problem is that playings recorded in a studio are edited down to detail and made perfect, no mistakes nor failures.
It is a kind of cut-and-paste music.
I admit that if it went well, that could be an exquisite artifact, so I don't think it is always wrong to make music in such a way.
However, during recording, players play the same passages countless times, I'm sure that recorded music can't preserve something important for music.
That is to say, life of music escapes into somewhere, and there remain only shadows.
Moreover, edited music can't exactly tell me the player who he/she is.
Even if I have a good impression on his/her CD, I am sometimes disappointed with actual playings at a concert hall, above all, unstable technique as compared to the recorded and well-produced music.

Recently, live streaming or on-demand of concerts, especially performances of music competitions have increased my chance for first meeting young, talented but unknown musicians.
It is joyful for me to find someone at competitions and witness their long-term changes after the competitions.

The other day, I attended Lukas Geniusas piano recital at LFJ au Japon.
I "met " him at the Fryderyk Chopin International Piano Competition 2010 via the Internet streaming.
This time, he played an all-Chopin program, consisting of 24 Etudes, op.10 & op.25.
I loved his bravery to play such a tough program.
As an encor, he performed the final movement of Prokofiev Sonata No.7.
The tempo was relatively slow, but every sound was tight, well-controlled, and luminous.
His performance was powerful, large-scaled, and even very mature for his age.


<20140524日本語追記>

昨今ではありがたいことに、ネットで欧米で開催されているクラシックのコンサートを生中継やオンデマンドの放送として聴くことができます。
そんなわけで、音楽の聴き方や、音楽家との出合い方も大分変ってきたなぁと思う今日この頃です。

ネットでコンサートを聴き始める前は、興味を持った演奏家については、まずCDを買ってみる、というのがスタンダードな道筋でした。
ただ、問題があって、スタジオ録音というのはとことん編集がされるわけです。
それこそ曇りなく、完璧な形に至るまで、ミスも綺麗に修正されてしまいます。
一種のカット&ペースト音楽といっても良いかと思います。
もちろん、上手くいけば、一つの精巧な工芸品にもなり得ますし、音楽の作り方として必ずしも間違っているとも思いません。
とはいえ、レコーディング中は、演奏家は同じフレーズを何回も何回も繰り返し演奏するわけで、そうやって録音された音楽というのは、音楽にとって一番大事な要素をその内に保つのは非常に困難ではないかと思うのです。
音楽の勘所ともいうべきものが霧散してしまう、そして後に残るは影にすぎない、とでもいいましょうか。

さらにいえば、編集された音楽では、音楽家の本当の実力は伝わらないと思います。
CDで良い印象を抱いても、ホールで実際の演奏を聴くとがっかり、特に録音と比べて技術的に不安定過ぎ、というのはままあることです。

最近では、ストリーミングやオンデマンドで聴けるコンサート、特にコンクールの演奏によって、無名だけれど若くて才能のある演奏家に出会う機会がぐんと増えました。
コンクールで目を付けた若い演奏家が、その後長い時間をかけて変化していくのを見守るのも乙なものだなぁと思う今日この頃です。

先日、LFJでルーカス・ゲニューシャスのリサイタルを聴いてきました。
ルーカスとの出会いは、2010年のショパコン、インターネットストリーミングを通してでした。
今回、彼が弾いたのはオール・ショパン・プログラム、エチュード全曲。
タフなプログラムをやるなぁ、果敢だなぁ、といたく感心したものです。
アンコールは、プロコのソナタの7番の終楽章で、テンポはやや遅めながら、全ての音がギュッとしまってよくコントロールされており、一つ一つの音が輝くように際立っていました。
パワフルでスケールが大きく、若さに似合わぬ風格を感じさせる演奏でした。

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2014年3月20日 (木)

András Schiff Piano Recital

András Schiff Piano Recital

Sunday, March 16, 2014 at 7 p.m.; VENUE: Suntory Hall.

Program:
Beethoven: 6 Bagatelles op.126
Piano Sonata No.32 in C minor op.111
33 Variations on a theme of Diabelli in C major op.120

On Sunday, I attended a concert, the piano recital by a Hungarian pianist Andas Schiff at Suntry Hall.
The concert was dedicated to the Tohoku region, which means he would donate all his performance fee of the night for the reconstruction from the earthquake.
He performed an all-Beethoven program, consisting of the late works filled with prayer.
After the celestial performance, he played Bach's Aria from the Goldberg Variations as an encore, and made a heartfelt speech to express his sympathy for the Tohoku.
Then, he went on the piano again, and played one more Beethoven's piano sonata, all three movements of Piano Sonata No.30 op.109.

It was a long and unforgettable night.

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2013年12月14日 (土)

内田光子 ピアノ・リサイタル

内田光子 ピアノ・リサイタル
2013年11月5日[火]19:00開演 水戸芸術館

<プログラム>
J.S.バッハ:〈平均律クラヴィーア曲集 第2巻〉から第1番 ハ長調 BWV870、第14番 嬰ヘ短調 BWV883
シェーンベルク:6つの小さなピアノ曲 作品19
シューマン:森の情景 作品82
シューマン:ピアノ・ソナタ 第2番 ト短調 作品22
シューマン:暁の歌 作品133
アンコール
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2 〈月光〉 より 第1楽章


バッハの平均律2番1番は響きがやや朴訥で、14番とのタッチの対比が際立つ演奏。
シェーンベルクは繊細を極め、調性を失った後に広がる、全く別種の美しく緊張感に満ちた音の風景が広がっていました。
とても聴き応えのある演奏でした。
シューマンは、時に力強く、時に神秘的に、透明感と共に森の情景を描写。
シューマンが思い描いたのは(当然)ドイツの森なんだろうけれど、ドイツの黒い森というよりは、日本の森なんじゃないかなぁ。
それも樹海とかではなくて、私は連想したのは、京都の糺の森。

余談ですが、シューマンのソナタの第二楽章で時計のアラームを長々と鳴らした人がいまして。
まぁそれ自体は珍しいことではないんですけど、アラームが鳴ったのが私の席の近くで、弾きながら内田さんがこっちを向いたんですよね。
「だーれーだー」というよりもむしろ「うらめしや~」という感じで、ほとんどなんとか怪談のようでした……。

シューマンのソナタ2番はサントリーの感想で色々書いたので詳細は割愛しますが、4楽章の盛り上がりは見事でした。
続く「暁の歌」はソナタの興奮を鎮めるかのようにじっくりと演奏されました。
随所に光彩が宿っていて、精神の昇華を静かに見守るような気分で聴いておりました。
精神を病む直前の束の間の安寧とみるか、これをもって永遠への旅立ちとみなすか。
いずれにせよ切ない気分にさせられますが、たとえ一瞬でも、このような音楽を生み出すひと時があったということは晩年のシューマンにおいて幸せなことではなかったかと思ったりもしました。

アンコールはまさかの「月光」ソナタ一楽章。
仄暗い月光に身を浸すような体験でありました。

内田さん、60代半ばですが、年齢よりもお若い感じだな。
風貌もですが(笑うと少女のよう)、演奏も。
これくらいの年齢になると、晩年様式に突入という方も多いと思いますが、内田さんは違う。
弛まず緩まず、本当に強靭でいらっしゃると感じました。

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内田光子ピアノ・リサイタル

内田光子ピアノ・リサイタル
2013年11月3日(日・祝) 19:00 開演  サントリーホール

<プログラム>
モーツァルト: ピアノ・ソナタ ヘ長調 K332
モーツァルト: アダージョ ロ短調 K540
シューマン: ピアノ・ソナタ第2番 ト短調 op. 22
シューベルト: ピアノ・ソナタ ト長調 D894

アンコール
J.S.バッハ:フランス組曲第5番よりサラバンド

光子さんのコンサートは、いつも私が行くコンサートとはちょっと客層が違いますなぁ。
ピアノ好きが集結するというよりも、もう少し幅がある感じというか。
皆さんの身なりも総じて良くて華やかな雰囲気ですね。
この日は皇后陛下もご臨席でした。

さて、前半はモーツァルトとシューマン。
一曲目はクリスプなモーツァルト。
明晰であると同時にたおやかな印象もあり、よくコントロールされた疾走感も備えた集中度の高い演奏でした。
アダージョK540は、冒頭の極小のピアニシモに続く抑制のきいた表現には緊張感が漂い、能を連想してしまいました。
音もなく動いていく、お能のすり足のような音楽、というとちょっと変でしょうかね。
ところどころで抑制し切れない感情がこぼれ出てくるようなところもあり、昏い情感が見え隠れする様は、どこかモノローグのようでもありました。
シューマンのソナタ第2番は、作曲家の分裂気味の、何ものかに引き裂かれているかのような精神が浮き彫りに。
なんだかハリネズミの七転八倒みたいだなぁと。
ハリネズミが暴れると非常にはた迷惑であろうと思うんですけど、、自分だけじゃなくて他者も傷つけるような、そんな精神の有り様が見えるような演奏だったと思います。
あるいは、方向の定まらない乗り物に乗っているような、実に不穏な音楽。
一楽章は焦燥に満ちていて、まるで坂道を転がり落ちるかのようでもあり、はっきりいって聴いててシンドイ感じでしたが、二楽章は一転して夢のようなたゆたいや水面を静かに進むような美しさがありました。
三楽章は諧謔の中にどこか人を不安にさせるようなところも。
四楽章の急と緩の分裂っぷりと、冒頭からいきなりクライマックス状態だったのに、後半、ラストに向けてまだテンションあげるの?!という巻き具合はシューマンの真骨頂だったのではないかと思います。
シューマンの音楽は、精神が肉体という檻から離れようとして、そこにいかんともしがたい葛藤や齟齬が生まれる、あるいは軋みが生じる、そんな風にも聞こえました。
はー、シューマンはなかなかくたびれますね。
まぁ、シューマンに関しては精神的にくたびれる演奏=良い演奏なんだろうと思いますが。

後半のシューベルトの幻想ソナタD894は、ただただ至福の時間でした。
胸がいっぱいで言葉にならない。
何というシューベルトなんでしょう。
冒頭からじんわり目頭が熱くなり、うるうる状態が最後まで続きました。
永遠に終わらないで欲しい、と真剣に思ったのは久しぶり。

シューマンの音楽が、肉体に対する精神やイマジネーションの超越を感じさせるのに対し、シューベルトの音楽は、もちろんファンタジーの飛翔というのはあるのだけれど、両手を広げた範囲内に収まるような雰囲気があり、むしろ作曲家の身体性みたいなものを意識させるような気がいたしました。
シューベルトの音楽を天上的という人もいるし、もちろんそう思う瞬間は多々あるんだけど、本質的には身の丈サイズの、非常に人間的な音楽ではないかと。
それでいて、どこか悟りの世界のようでもあり。
こういう、温もりのある聖性を帯びる音楽は、内田さんにことの他合っているのだと思いました。

アンコールのバッハもそれはもう繊細を極めた演奏で素晴らしかったです。

ルプーに続き、良いシューベルトを聴けて幸せ。
年を取ったのか、最近シューベルトを聴いてしみじみすることが多くなってきました。
まぁそれも良し。

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2013年11月28日 (木)

マレイ・ペライア ピアノ・リサイタル

2013年10月15日(火)19:00開演 すみだトリフォニ―ホール

<プログラム>
バッハ:フランス組曲 第4番 変ホ長調 BWV 815
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 へ短調「熱情」 Op.57
シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26
ショパン:即興曲 第2番 嬰ヘ長調 Op.36
ショパン:スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31
アンコール
ショパン:ノクターン 作品15-1、エチュード 作品10-4、エチュード 作品25-1

台風が接近する中、マレイ・ペライアのリサイタルへ。
ペライアは、ここ数年聴きたい聴きたいと思いつつもなかなか日程等が合わず断念してきたのですが、今回やっとタイミングが合いました。
いくつか持っているCDのイメージだとリリカルで軽やかな印象でしたが、さて実演はいかに。

この日は結構空席があり、台風のせいで会場に辿り着けない人がいる、というだけではないような空き具合。
都内でTOCとすみだ2公演だと、すみだは集客的に厳しいでしょうかね。
あと、TOCでS席14000円、すみだでS席13000円というのは、ちょっとチケ代が高いかな、という印象です。
この値段では、いわゆる「ファン」じゃないと色々な意味で厳しい。

さて、演奏。
バッハは落ち着きと明るさ、軽快さの中にナチュラルな歌があり、非常に純度の高い音楽世界という印象を受けました。
特にトリルの洗練された美しさは特筆モノで、これはもうセンスなんだろうな、と。
熱情は意外なほどにスケールの大きい熱演で、雄々しいベートーヴェンでした。
シューマンも骨太な演奏で、どこか健康的にも響き、その分陰影に欠けるというか、ファンタジーやある種の危うさといったシューマンらしさ欠けるかなという印象。
楽しそうではあって、明るいお祭りといったところかしら。
おそらくペライアさんは人柄が良くてらして、あまり屈折したところが無いのろうだと思ったりもしました(実際はどうだか存じ上げませんが)。
実は、ここまでは極めてハイクオリティだとは思うものの、こう言ってはなんですが感心はすれど感動はしない、みたいな感じで、うーん、ピクリとも心が動かされないなぁ、、、と、やや頭を抱えてしまったのですが、ショパンは実に良かったです。
私は基本的にはショパンだったらポーランド系の人が良いと思っていて、それはリズム感やルバートの問題等色々あるんですけれど、その辺は我ながらかなり保守的だと思います。
なので、特定の人以外のショパンはわざわざ聴きたいとは思わないんですが、ペライアのショパンは聴いていてとても気持ちが良いものでした。
ペライア、ショパンがとても合っているんじゃないかと思うんですよね。
音の粒立ちとレガートの美しさが際立ち、リズムも節回しもとても自然で恣意的なところが無く、流麗な中に内声がよく聞こえてくる立体的な演奏でした。
スケルツォはちょっと粗いところも散見されましたが、全体的にエレガンスとパッションのバランスがちょうど良いショパンという印象で、雄渾なところもありつつ品を損なわないところがとても好ましかったです。
そういう意味で、アンコールがショパン3曲だったのも嬉しかったです。

ペライアだったらオール・ショパン・プログラムでも大歓迎です。
普段だったら、あまりショパンばかり突っ込まれると客に媚びてる感満載で胡散くさーと思ってしまうんですが(すみませんね、口が悪くて)。
あ、オール・バッハ・プログラムも聴いてみたいかも。

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ラドゥ・ルプー ピアノ・リサイタル

2013年10月14日(月) 19:00 いずみホール

ラドゥ・ルプー(p)
、プログラム>
シューマン:子供の情景 op.15
      色とりどりの小品 op.99
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D959(遺作)

去年、兵庫でルプーを聴こうとしたらキャンセルされてしまいまして、今年は大阪でリヴェンジ。
なんで大阪かっていう突っ込みは受け付けません(まぁTOCの都合が合わなかったってだけですが)。

前半のシューマンは、「子供の情景」は、どこか遠い国のでき事を聴いているかのようでした。
距離的な遠さ、あるいは時間的な遠さを感じさせる、どこか回顧的でもあるような、遠いということを慈しむような、そんな遠さ。
この遠さこそがシューマンのロマンティシズムなのかもしれない、などと思いました。
「色とりどりの小品」は、シューマンの霊感のあり様、つまり、インスピレーションが楽曲中、どこにどう降りてきたのか、みたいなことが目に見えるような気がしました。
随所で光が明滅するかのような、そんなシューマン。

シューベルトは、まさに至福の時間でした。

ああそういえば私はピアニシモフェチでした。
そうでした。
なんかもうそこら中地雷ならぬツボだらけで本気で悶え死ぬかと思いました…。
でも音が綺麗とかそんなことも瑣末事に思えてくる、シューベルトの妙なる世界が延々と広がっていました。
地平線を見渡せるような、茫漠とした音楽の景色。

ルプーのシューベルトは、天上と地上、どちらにあるのか。
どっちとも言い難い、なんとも不思議な情景なのですが、どちらかといえば天上に属するように思いました。
天上的に聴こえる部分も多々ある一方で、シューベルトという一人の人間の思考、感情の断片を丁寧に積み重ねている、そんなイメージの演奏だったように思います。
断片は断片のままに、シューベルトの感情の発露そのままに、一人の人の子の有り様をあるがままに示すように。

ルプーの語り口はとても自然で柔らかいのだけれど、随所に魔法が宿っていたように思います。
そういえば、風貌も魔法使いのようでした。
ルプーを語る時によく「リリシスト」という言葉が登場しますが、リリシズムという言葉では軽すぎるように思います。
というよりも、あの音楽に対しては、形容する言葉自体が陳腐なものになってしまうような。
どういう言葉を選んでも形容し切れないようなもどかしさ、言葉の無力さ、みたいなものを感じます。

アンコールは思いがけず2曲、シューマンの森の情景から「予言の鳥」と「別れ」。
ドイツの森はおそらくは禍々しいところがあるのだろうと思うけれど、ルプーの描く森は、賢者の住まう森ではなかろうか。
神秘の森。

余談ですが、ルプーのシューマンを聴きながら、(アンコール曲がかぶりまくりということもありつい比較して)私の大好きなぴおとるさんってばやっぱり青二才だよなぁとツラツラ思ったりもしたりして。
いや、良いんですよ、永遠の青二才で。
まぁ二十年後にルプーみたいになってくれたりしたら、かなり幸せだろうと思いますが。
ルプーは今年67歳なので、技術がどうのというのは野暮な気がするのですが、なんというか、実に理想的なお年の重ね方をされているようにお見受けいたしました。

ぴおとるさんの「予言の鳥」は、ぴーんとした緊張感があったな。
若干不穏なとこもあるような、何が起こるんだろう、と思わせる感じ。
異形の鳥。
ルプーの予言の鳥は、ふわっとしていてつかみどころがありませんが、悪いことは起きない気がします。
あれは祝福の鳥かな。
祝いと呪いは紙一重、予言も解釈次第、そんなことが脳裏に浮かびます。
予言の鳥というものは、ただそこ(森)に在るだけで、それをどう捉えるかは人間次第なのかしら…そんなことを考えてしまった夜。

どちらの演奏が良い、ということではありませんが、この夜の「予言の鳥」は優しくも霊妙であったなぁ。
ルプーが弾き終わると、夢から覚めたような感覚がありました。

やはりマジカル、の一言に尽きました。

続きを読む "ラドゥ・ルプー ピアノ・リサイタル"

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2013年10月26日 (土)

【浜離宮ピアノ・セレクション】 ニコライ・ホジャイノフ ピアノ・リサイタル

【浜離宮ピアノ・セレクション】ニコライ・ホジャイノフ ピアノ・リサイタル
2013年7月19日(金) 19:00~ 浜離宮朝日ホール

<プログラム>
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 Op.110
ラヴェル:夜のガスパール
ショパン:舟歌 嬰へ長調 Op.60、子守歌 変二長調 Op.57
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
<アンコール>
スクリャービン:エチュード No.5
リスト:愛の夢 第3番
リスト/ブゾーニ:モーツァルトのフィガロの結婚の主題による変奏曲
リスト:半音階的ギャロップ


3か月も前のリサイタルですが、各所に書き散らかした感想をまとめておきます。
(明らかに賞味期限切れですが、自分用メモとして)
ニコライ・ホジャイノフ、興味はあるものの生では聴いたことが無かったんですが、お友達からチケットをいただき、ありがたく聴いて参りました。

さて、ニコライ、先のショパンコンクールでは一次予選で素晴らしい演奏を披露して(点数もトップだった)一躍ピアノファンの注目を浴びた若手ピアニストです(確かに、一次の演奏はびっくりするくらい良かったんですが、その分、後のステージの失速ぶりがちと残念でありました)。

ニコライはショパンコンクールでYAMAHAのCFXを弾いて、「YAMAHAってこんなきれいな音が出るのね~」と唸らされたものですが、今回もYAMAHAでした。
昨今、圧倒的にスタインウェイが多いとはいえ、YAMAHAを弾くピアニストも皆無ではないので、生でも何度か聴いてきましたが、今まで聴いた中では、ニコライが一番YAMAHAのポテンシャルを引き出していたように感じました・YAMAHAの(私が思うところの)欠点が出て来にくいというか。
私はスタインウェイとYAMAHAだったら、スタインウェイの方が音に伸びと色艶があって好きなんですが、ニコライが弾くCFXの音は清々しく非常にストレートに響き、YAMAHAの美質がよく出ていたと思います。
ベートーヴェン31番では高音部の響きの抜けの良さが際立つ一方で中〜低音部はイマイチすっきりしないというか、ちょっともやっとしているようにも思いましたが、後半のリストは総じて明瞭だったので、31番については解釈の問題か、本人が左手にやや無頓着なのか、冒頭ピアノが寝てたかのどれかであろうと思います。

とはいえ、31番の嘆きの歌の部分はしっかり表現がつめられている感じで、「若いのにねぇ」と感心いたしました。
ただし、より素晴らしかったのはラヴェルの「夜のガスパール」の「絞首台」の方で、独特の沈鬱な空気、緊張感があり、前半だけではなく全体を通しても白眉の演奏であったと思います。

ショパンの舟歌は、旋律の聞かせ所や勘所は心得えていて間違いなく美しい像を描いていたとは思うのですが、ややポリフォニックな感覚に欠けるという印象でした。
ベートーヴェンでも思ったことですが、全体的に意識が右手に寄っているのか、右手優勢のモノフォニーな音楽の作りになってしまっていました。
ショパンを弾く人はバッハを一生懸命弾かなきゃダメだと思うんですが、内声への関心が少々薄いのでは?と思わせる部分が散見されたように思います。
また、ラストの盛り上げがスムーズに言ったとは言い難く、クライマックスで上手く落とし損ねたような感も。
ただ、この曲を「聴かせる」のって相当に難しく、私はツィメルマンの演奏を生で8回聴いて、正解と思ったのは最後の1回だけです。
ただ綺麗なだけでもダメだし、情緒に流れ過ぎてもいけないし、究極的な美しさの中に独特のアトモスフィア、深みのようなものを付加するのが甚だしく難しい。
難曲だと思います。
舟歌よりも子守歌の方が良いように思ったのは、こちらはモノフォニーなアプローチでOK、ということかな。

リストのロ短調ソナタは、ニコライの鋭利な感覚が全開という感じで、キレの良さ、シャープネスが前面に立つ演奏で、音のダイナミクスレインジが大きくてメリハリが非常に効いていました。
ただ、それがエモーショナルな表現に直結してるかというとどうもそうは思えず、音の物理的な起伏(音量の大小)は伝わってくるのですが、弾き手の感情の動きが汲み取れないような、何を考えて弾いてるのかしらん、と思わせるところがあったというか。
ただ、この辺は単純に私とニコライの相性や波長の問題という気がしなくもありません。
インタビューなどで人となりを知った上で聴けば、あるいは全然違った感想になるような気もします。

ニコライは基本的には技術的によく「弾ける人」なんだろうなと思いましたが、いわゆる超絶技巧を押し出す曲よりも音符が少ない部分の方が表現がよく練られているように聞こえて好印象でした。
少々気になったのは、全体的に右手優勢気味というか、左手のタッチが少し管理不行き届きに聴こえることがあること(ただしこれはピアノのせいかも)。
緩徐部分の高音部の音色の精細さを聴く限り、耳は大層良いでしょうし繊細で鋭敏な感覚や技術もあると思うのですが、細やかさは右手限定なのか?と思うようなところがありました。
基本的にはやろうと思えばなんでもできる技術を持ってるように見受けられたので、もう少し左手が上手いと良いなぁ、、、と、これは無いモノねだりでしょうかね。

31番は、最初、表現・技術面双方において全然悪くないと思いましたが、夜のガスパールやリストのロ短調ソナタあたりを聴いた後に振り返ると、練り上げ方に大分差があるというか、よく弾き込まれて手の内に入ったものではなかったように思います(まぁでも完璧な31番を弾く21歳がいたら本気で気持ち悪いと思うでの、これはこれで構わないと思いますが)。

総じて、超絶技巧バリバリで聴き栄えのする演奏だなぁと感心させられる箇所は多いのですが、あれだけ弾ける割には安定感に欠けるところもあり、決して盤石という感じでもないのは、年齢なりの危うさ、不安定さなのかどうなのか。
老成した深い表現を聴かせるかと思えば、そうでもないところもあり、心技ともに少々アンバランスかもしれません。
あと、辛口なようですが、技巧を売りにするアクロバティックな曲が続くと、やや飽きます。
フォルテの音の引き出しが少ないのかもしれませんが、押せ押せの曲では表現が平板になりがちなところもあったかと思います。
曲芸系を弾けばお客さんは拍手喝采するかもしれないけれど、サーカスみたいな曲ばかりだと荒れて聴こえるし、せっかく繊細さや老成した感覚も持っているのに生かされないと思うので、あまり超絶系路線では押さない方が良いと思うんですけどね。

とまぁ小うるさいことを書き連ねておりますが、ラヴェルの「夜のガスパール」の「絞首台」は大変素晴らしい演奏で、ああいう陰鬱な雰囲気を静かに醸し出せるのはまことに稀有な才能であると思いました。


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2011年6月30日 (木)

チャイコフスキー国際コンクール(ピアノ)2011 その3(ルビャンツェフ)

さて、もう片方のサーシャ君、ルビャンツェフの2次リサイタルは、色々な意味でものすごかった。
これはコンクールの演奏ではありません、みたいな。

<2次プログラム>
Rachmaninoff—Étude-tableau in C minor, Op. 39, No. 7
Shchedrin—Concert Etude, “Tchaikovsky Etude”
Chopin—Piano Sonata No. 3 in B-flat minor, Op. 58
Scriabin—Piano Sonata No. 5, Op. 53
Mozart—Concerto for Piano and Orchestra No. 21 in C major, K.467

えーとですね、出だしはまともだったと思います。

ラフマニノフ、独特の乾いた緊張感でもって、最初の和音一つであっという間にルビャンツェフワールド完成。

そして、課題曲の現代曲、シチェドリンもかっこえかった~。
しっかり手の内に入った引き締まった演奏というだけではなく、非常に面白く聴かせてくれました。

しかしですね、何しろメインと思しきショパンのソナタ3番が、おおお露西亜だ!を通り越して、一体どこの星のショパンなんだよ、と思わず突っ込んでしまったシロモノ。
まぁ本人は楽しそうに弾いてましたケド。

なんでわざわざコレ弾くかなって思いましたけれど、ルビやん、この曲好きなんでしょうね。
曲に対する愛情は間違いなく感じられました。
そして、ルビャンツェフの音楽というのは、表面だけ小奇麗に整えたような演奏とは全く異質のもので、彼の中に何がしかの必然性があって、それが形になって現れているものなのだということが、よく分かる演奏ではありました。
なので、超個性的ではあるのですが、不思議と世界観に破綻は無くて、なんか「彼にはこの演奏しかないんだよね、きっと…」と、思わず納得させられてしまったのですよね。。。

はぁぁぁ。
ショパンコンクール予選落ちという話を聞いた時はマジかよ?!って思いましたが、なんかそれもアリか、という気分になってしまいましたよ。。。


ショパンについては本気で「大丈夫かいな…(落ちるとしたら原因これだぞ?!)」と思ったりもしたのですが、トリのスクリャービンは本当に素晴らしかった~。
真にマジカルで神秘的、万華鏡のような音の情景でございました。
スクリャービンって、バカみたいに上手くて、しかも繊細で、変人風味というか、少々変態入ってるくらいのピアニストが良いよなぁってしみじみ思ってしまいましたよ。

宇宙人ショパンのせいでかなり心配をしたのですが、ルビャンツェフも無事2次第1ステージを突破して、第2ステージのモーツァルトのピアノ協奏曲へ。


しかし、ルビャンツェフ、黙ってモーツァルトでも弾いてれば正統派美少年なのにねぇ、とつくづく思ってしまったこのステージ。
何をどう間違えると、ああ妙ちきりんなオーラが出てくるのか、まったくもって謎。
あ、ちなみに、モーツァルトのリハーサルではおっさんサンダルで登場して、話題になっていました。。。

このモーツァルトは、ルビャンツェフのある種の子供っぽさというか、ピュアで天真爛漫な部分が上手くはまりましたね。
もうちょっと典雅さ、まろやかさ、天上っぽさが欲しいって気持ちも無いわけではありませんでしたが、この明るく自由奔放で、ちょっと勇ましいモーツァルトは、彼にしか弾けないな、と思ったものでした。

正直にいうと、このモーツァルトを聴いて、「もしや(というかやっぱり?)優勝するんじゃ?」って思ったんですよね。
それくらい、少なくとも私にとってはインパクトの大きかった、そしてハッピーなモーツァルトでした。


だけど結果的には、ルビャンツェフはファイナルには進めませんでした。
ただ、多くの人がこの結果に対して驚き、残念に思ったようで(そして、今でも現地では多少なりとも物議を醸している模様)、結果発表の後、客席にじっと居残るルビャンツェフをファンが取り込んで盛大な拍手とブラボーで讃える一コマもありました。
中継の司会・解説をしていたイリーナさん(だったかな)とルービンシュタインさん(かのルービンシュタインの息子さんだそう)もなんだかとても寂しそうで、ルビャンツェフ、愛されてたんだな~とすっかり切なくなってしまいましたよ。。。

まぁ、彼の場合、どの段階で落とされても「しょうがないよなー、ルビやんだし」という部分があったことは、私も否定はしませんが。
本質的に、ああいう個性がはっきりしている演奏はどうしても賛否両論出やすいですし、何がしかのネガティヴな評価が下される演奏というのは、点数を積み上げていくであろうコンクールに向いてないんだと思うのですよね。
「しょうがない」というのはそういう意味です。

ただ、私は、ルビャンツェフって天才だと思うのですよね。
優秀な人はいっぱいいるけれど、天才と呼べる若手って、他にはあまり思い浮かびません。
キャラクターも相当な不思議ちゃんで天才肌なんていわれていますが、とにかく演奏に独特のオーラがあるのですよね。

ルビやん、お疲れ様。
そして1次からセミ・ファイナルまで、エキサイティングな演奏をありがとう。

今はまだ次のことは考えられないかもしれないけれど、、、いつか表舞台に出てくるのを心から待っています。

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2011年6月22日 (水)

アレクサンダー・ガヴリリュク ピアノ・リサイタル

2011年6月11日(土)19:00開演
東京オペラシティコンサートホール

<プログラム>
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27-2「月光」
第1楽章 アダージョ・ソステヌート
第2楽章 アレグレット
第3楽章 プレスト・アジタート

ショパン:幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66
ショパン:2つの夜想曲 作品48
ショパン:スケルツォ第1番 ロ短調 作品20

(休憩)

ラフマニノフ:楽興の詩 作品16
第1曲 アンダンティーノ
第2曲 アレグレット
第3曲 アンダンテ・カンタービレ
第4曲 プレスト
第5曲 アダージョ・ソステヌート
第6曲 マエストーソ

プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 作品83「戦争ソナタ」
第1楽章 アレグロ・インクィエート
第2楽章 アンダンテ・カロローソ
第3楽章 プレチピタート

アンコール
スクリャービン:エチュード第9番
フィリペンコ:トッカータ、ショパン:エチュード 作品10-6
リスト /ホロヴィッツ:ハンガリー舞曲より 「ラコッツィ行進曲」
ラフマニノフ / コチシュ:ヴォかリーズ

プログラム的にはさほど食指が動かない部分もあったのですが、すでに西で聴かれた方の評判は上々だし、まぁドツボにははまらないかもしれないけれど、上手いのは間違いがないだろうから、ということで、行ってきました。

席は直前でもよりどりみどりだったのですが、今回はあえて3階バルコニーをチョイスしてみました。
結構舞台が見切れますのね。。。

客席は7割くらいの入りで、ちょっと勿体なかった。
せっかく来てくれたのだから、こちらももうちょっと応えてあげたかったです。


さて、ベートーヴェンの月光は10代の頃の演奏(CD)を聴いて、老けてるよなぁって思ったのですが、この日もさすがに老成した響き。
基本的に打鍵が丁寧で、重厚な雰囲気の漂う第1楽章でした。
第2楽章も、軽妙という感じではなく、丁寧で比較的じっくりめ。
第3楽章は一転して、最速の部類ではなかったでしょうか。
疾風怒濤、鮮やかに畳み掛けて一気に寄り切り、みたいな印象。
フォルテの鳴りも豪快で、ロシア男(いやウクライナ男なんだけど)キターーー!という演奏でした。

しかし、相変わらず凄まじい腕の冴えですな。。。

幻想即興曲は意外と良かったです。
今更幻想即興曲?と思ったのですが、ちゃんと曲の魅力を伝える演奏でした。

でも、ノクターンは、多分ちょっとフォルテを張り過ぎてるせいだと思うのですが、ショパンにしては曲の規模が肥大し過ぎちゃってるような気がしました。

スケルツォは、さすがに上手かった。
まぁ諧謔の要素はみじんもありませんでしたが。

後半はロシアもの。
ガヴリリュク、バカテク轟音(剛腕)ピアニストの面目躍如でしたね。
彼、そんなに大柄じゃないんですけどね。
一体どこにそんなパワーがあるのやら、と訝しく思うほどの、すさまじいまでの音圧でした。
それにしても、ロシアのピアニストというのは馬鹿ウマがデフォルトなんでしょうかねー。
本当に、ロシア恐るべし、です。

ラフマニノフは、ロシア的哀愁をしっとり聴かせたかと思えば、音の粒という粒があたかも奔流のように押し寄せてきたりで、ロシアを堪能し尽くた、という感じ。
まだプロコ残ってるんですけどね。。。

そして、個人的に一番楽しみだった「戦争ソナタ」。

えーと、ピアノで人を殺せるんじゃないか、、、と思いました。
すんげーパワフル。。。

私としては、しばらく生で「戦争ソナタ」は聴かなくていいです。
なんならこれで打ち止めにしても可です。

アンコールは大サービスの5曲。
いやはや、体力ありますね。
なんか、気は優しくて力持ちなロシア大男に見えてきた…(実際はあちらの人にしては細いと思うのですが)。

エンターテイメントな要素もたっぷりあって、楽しいコンサートでした。
かなりテンションが上がって、会場ではプロコの7番が入っている会場先行の新譜を購入し、サイン会にも参加。

さらに帰ってきてから、プロコのP協のCDを注文してしまいました。
この感想はいずれまた。

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ダヴィッド・カドゥーシュ ピアノ・リサイタル

2011年6月11日(土)午後3時開演
武蔵野市民文化会館 大ホール

<プログラム>
R. ワーグナー(編曲:F. リスト):「さまよえるオランダ人」の紡ぎ歌
F. シューベルト(編曲:F. リスト):ウィーンの夜会
L. v. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第16番 ト長調 Op.31-1
(休憩)
M, ムソルグスキー:展覧会の絵

ルノー・カプソンの伴奏者として来日したカドゥーシュ君、「お金のためではなくリサイタルをする」となかなかオトコギのあるセリフを吐いて、急遽、翌日に武蔵野でリサイタル開催。
チケットのお代はなんと1000円。

…映画とかたっかいよな、本当。

というのはさて置き、何しろ告知からコンサートまで1週間しかなかったので、ガラッガラだったら可哀そうだなぁなどという気持ちもあって、行って参りましたよ。
こんな時に来てくれる人には、こちらも最大限の礼節を尽くさねばね。
それには客席を埋めるのが一番ではないかと思うのですよね。
そして、かのアンデルさんだって、武蔵野でやった時は1500円だったそうじゃありませんかー。
1000円だろうが1500円だろうが、とんでもない掘り出し物の可能性もあるわけで(とはいえ、当時のアンデルさんを聴いて、私がちゃんと掘り出せたかどうかは甚だしく疑問なんですが)。
結果的に、客席は心配していたほどガラガラではなく、2階席は売らず、1階席が8割くらいの入りだったでしょうか。
告知一週間でこれくらい入れば御の字かな。


さて、カドゥーシュ君はフランス人ですが、お国モノゼロ。
チラシを見ると、ベートーヴェン弾きという触れ込みなんですね。

実際に聴くと、確かにあまりフランスっぽくないというか、どちらかといえばゴツゴツしてて、フランスものよりはベートーヴェンだろうなぁという感じ。
とはいえ、単に武骨・重厚というだけではなくて、随所にファンタジーも感じられて、「さまよえるオランダ人」「ウィーンの夜会」あたりは結構楽しめました。
ベートーヴェンの16番は、曲があまり面白くな、あ、いやそのゴニョゴニョ。

そして、「展覧会の絵」もさして好きな曲ではないので、感想が少々書き辛い。
メリハリが効いてて良かったとは思いますが。
アンコールの一曲目はショパンのノクターン遺作op.20でした。

そして演奏後に、スタッフがやおら舞台に登場。
1000円リサイタルの開催経緯でもしゃべるんかな、と思ったら、なんと、会場にルノー・カプソンが来てて、完全ボランティアで日本の皆のために演奏したいというてる、という驚愕のアナウンス。
嘘ぉぉぉぉぉぉぉ!

ルノーさん、あなたどこまで良い人やねん。。。

演奏したのは前日の紀尾井でも演奏したフォーレのソナタ1番第1楽章。
素晴らしく凛とした、品格に満ちたフォーレ。
颯爽と疾走する駿馬のごとき演奏でございました。。。
ルノーさんの誠心誠意、本気がビンビン伝わってきて、こんなに真剣勝負なアンコールがあって良いのだろうか…って思うくらい、本当に凄かったです。
こんなに真摯に音楽を届けようとする人がいる、そして音楽でもってコミュニケートをしてくれようとしている、その事実に、本当に胸がいっぱいになり、誇張ではなく泣けてきてしまいました。
ルノーさんの優しさは、弱さとは無縁の、強靭な優しさですね。

素晴らしい演奏に、客席はもちろん拍手喝采だったのですが、ルノーさんはこの日の主役のカドゥシュを立てて、カーテンコールではなかなか出てこなかったりで、やっぱり良い人だったのでした。


そんなわけで、1000円で本当にお腹一杯だったのですが、この日はまだ夜の部がありましてね。。。
ガヴリリュク@TOCに続く(ハズ)。

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